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漢字を間違えてバカにされる学生たち

 教育実習生たちは,「先生」と呼ばれる立場で教壇に立つ。

 大学生としての「プライド」を,「一応」もって,授業をする。

 しかし,緊張のせいか,学力的な問題によってか,定かではないが,

 漢字を間違えて板書する学生が多い。

 字の大きさがまちまちだったり,あまり上手とは言えないのはご愛嬌なのだが,

 さすがに字の誤りは生徒も気にはなる。

 生徒は苦笑しながら指導している教師の方を見てくる。

 「指摘してあげた方がよいのか」

 「だまってスルーしてあげた方がよいのか」

 と問うまなざしである。

 中には残酷な?生徒がいて,

 大きな声で誤りを指摘してくれる。

 「間違い」を発見したうれしさが隠せないような指摘の仕方である。

 漢字も,間違え方によっては,本当に学力水準がうかがわれてしまう場合がある。

 こういうとき,素直に「ごめんね」と謝れるかどうかは,

 それこそ「性格」に由来するものである。

 「羞恥心」でいっぱいになって,「ごめんね」なんて言葉が出てこない人もいる。

 こういう人がもし,「弘法も筆の誤り」なんて意識で,しかも自分でそんなことを口にしたら,

 それこそ笑いものになってしまうだろう。

 「お前は三筆か!」と突っ込まれるだけである。

 生徒がもし,「弘法も筆の誤り」と言ってくれたら,それは思いやりに満ちた言葉と言える。

 いや,ただのきつい皮肉かもしれない。


 
 誤りが繰り返されれば,

 「木登りが不得意な猿」などと呼ばれかねない。

 誤りを指摘されてムッとくるような学生は,

 「不可」にしておきたい。

 そういう学生に対して,

 「弘法も筆の誤り,というだろう」

 なんて見当はずれのアドバイスをしている教師は,指導者失格である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より