漢字を間違えてバカにされる学生たち
教育実習生たちは,「先生」と呼ばれる立場で教壇に立つ。
大学生としての「プライド」を,「一応」もって,授業をする。
しかし,緊張のせいか,学力的な問題によってか,定かではないが,
漢字を間違えて板書する学生が多い。
字の大きさがまちまちだったり,あまり上手とは言えないのはご愛嬌なのだが,
さすがに字の誤りは生徒も気にはなる。
生徒は苦笑しながら指導している教師の方を見てくる。
「指摘してあげた方がよいのか」
「だまってスルーしてあげた方がよいのか」
と問うまなざしである。
中には残酷な?生徒がいて,
大きな声で誤りを指摘してくれる。
「間違い」を発見したうれしさが隠せないような指摘の仕方である。
漢字も,間違え方によっては,本当に学力水準がうかがわれてしまう場合がある。
こういうとき,素直に「ごめんね」と謝れるかどうかは,
それこそ「性格」に由来するものである。
「羞恥心」でいっぱいになって,「ごめんね」なんて言葉が出てこない人もいる。
こういう人がもし,「弘法も筆の誤り」なんて意識で,しかも自分でそんなことを口にしたら,
それこそ笑いものになってしまうだろう。
「お前は三筆か!」と突っ込まれるだけである。
生徒がもし,「弘法も筆の誤り」と言ってくれたら,それは思いやりに満ちた言葉と言える。
いや,ただのきつい皮肉かもしれない。
誤りが繰り返されれば,
「木登りが不得意な猿」などと呼ばれかねない。
誤りを指摘されてムッとくるような学生は,
「不可」にしておきたい。
そういう学生に対して,
「弘法も筆の誤り,というだろう」
なんて見当はずれのアドバイスをしている教師は,指導者失格である。
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