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にぎわってきた「教育論ムラ」

 経済や国際問題と異なって,

 教育という分野への関心は,すべての国民にあるとは言い難い。

 もう子どもが自立してしまっているような方にとっては,

 「教育」はご自身にとっても「卒業したもの」と受け止められがちなのではないか。
 
 だから,選挙などでは教育はあまり争点にならず,

 教育改革も,いくつかの意見を調整しているうちに

 どうでもいいというか,どうしようもないことになっていくことが多い。

 このブログ村の教育論・教育問題のカテゴリーでも,

 教育・・・中でも学校教育にかかる記事が注目されることがあまりなかった。

 しかし,先週から,

 ご新規の方や復縁された方が増えて,

 にぎわいを見せるようになっている。

 とてもいいことだと思っている。

 学校は,いじめや体罰,いい加減な成績処理など,

 ニュースになる話題もあるが,

 ニュースになることは少なくても,非常に大きな問題が山積しているところでもある。

 ハインリッヒの法則をご存じの方は多いだろう。

 「重大事故の陰に29倍の軽度事故と,300倍のニアミスが存在する」というものである。

 教師として,行政の立場として,保護者として,

 この「軽度事故」や「ニアミス」を見逃さないようにすることが

 教育現場にも求められる。

 このブログには,

 「めでたし」「めでたし」

 「結果オーライ」系の

 話はほとんど登場しない。

 今もかなり遠くで発生した地震を感知したが,

 破壊的に大きな問題が発生する前に,

 コストがたくさんかかったとしても,

 学校の問題を,

 教師の問題を

 見える化 していかなければならない。

 被害を最小限に抑えるためのコストを積極的にかけていくべきである。

 社会科の授業では,

 分かったつもりになることを戒めるために,

 あえて一度,「否定してみる」「批判してみる」

 ことを薦めている。

 それを分かった上でも,後味が悪いというか,

 嫌な内容が書かれているこのブログを読んで応援してくださっている

 方々には,感謝申し上げたい。

 そしてできたら,問題の学校を変えることに少しだけでも

 力を注いでいただきたいと願っている。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より