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「道徳教育」充実に向けての最大のネック

 学校教育における道徳の指導の内容を詳しく知れば,

 その大切さを理解してもらえると思う。

 問題は,

 「道徳」とか「道徳教育」という言葉自体に

 強い嫌悪感をもっている教師たちの意識改革である。


 学校は,教師の意識改革によって大きく変貌できる。

 その変化は,子どもの成長という形で実を結ぶ。


 子どもが悪い,学力が低い,家庭教育がなってない,・・・・

 などと嘆いている教師たちにとって,

 最も必要なのは「自分ができることは何か」を第一に考える

 教師としての姿勢である。


 ただ,こういう姿勢がなかなか持てない。

 自分たちだけが分かる言語によるプログラムが,二重の意味で欠陥だらけなのである。


 こういう教師たちの意識改革には,

 何段階ものプロセスを必要とするので,

 はじめは雲をつかむような状態から始まるが,

 教師が変われば,一瞬で子どもも変わることがある。

 その積み重ねで,教師自身が自信をつけていくしかない。

 
 道徳教育を充実させる・・・・・

 これを校長が,今年度の最重要課題だと宣言するとする。

 もちろん,年度末に教育委員会によって受理された,教育課程届に示された内容である。

 そこに,反対を表明する教師が現れるとする。

 「校長は,道徳教育を充実させれば,いじめが減るとでも思っているか!」

 まわりにいる教師は,こういう発言に対して,どういう態度で臨むべきだと思うか?

 採用試験の面接での問題例である。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より