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視力検査で分かる? 生徒と学校の個性

 4月から5月にかけては,各学校で健康診断が実施されている。

 私は今年も視力を測定する担当となった。

 一番疲れる仕事である。

 それは,「読み間違い」が非常に多く,判定に時間がかかるからである。

 見えなければ「見えません」と言ってくれればいいのに,

 わずかな隙間が見えたのか,当たれば儲け物と考えているのか,

 「そうじゃない」答えが頻発する。

 これは,「間違うことをおそれるな」などと教育している日頃の成果だろうか。

 それとも,「少しでも視力がよかったことにしたい」という気持ちの表れか。

 「分かりません」「見えません」という反応が,とても少ない。

 「がんばるところが違うのではないか」というのが普通の印象だろう。

 それでも,すぐにあきらめるのではなく,じっくり見つめて集中している姿を見るのは

 悪い気持ちはしない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より