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「間違えてもいいこと」「間違えてはいけないこと」

 どうしてそれが「間違いなのか」

 その話のどこがどう「間違いなのか」

 を具体的にお示ししているのですが,

 ダメな人はダメですね。

 「間違い」をまず「間違い」と認めてもらえないと,

 「訂正」も「謝罪」もあったものではありません。

 ただ,「間違い」を自覚できない脳のメカニズムは,完璧すぎて,崩せそうもない。


 入学式で,新入生の呼名を「間違える」・・・しかも,その場で気づかなかったら・・・

 後で謝罪することになるでしょうが,

 もう取り返しがつきません。

 入試で,採点を「間違える」・・・そして,不合格になる・・・

 後で気づいても,もう取り返しがつかないところにいっている可能性がある。

 教育現場では,
 
 「間違えてもたいしたことはないこと」

 「間違えてはいけないこと」

 がある。

 その区別ができない人,違いを認識していない人がいるのが大問題なのです。

 間違いに気づいたら,訂正したり謝罪するのは,当たり前のこと。

 しかし,「避けられる間違い」を犯してしまった場合,

 当分その人たちは,信用されなくなります。

 学校全体でチェックすべきことをしていなかった場合は,

 学校全体,教師全体が信用されなくなります。

 そして,行政側としては,「締め付け」と受け止められるようなことをせざるを得なくなる。

 

 「名人の間違い」は,

 ことわざにもあるように,

 「人間らしさ」が伝わってきて,

 あるいは「普通の人」にとっても教訓になるという意味で,

 それはそれで「役に立つ」ことです。


 しかし,二度,三度と「間違う」ようになると,

 「名人も終わった」とみなされるようになり,

 「引退」という道をたどる。

 
 野球選手に「引退」があるように,

 教師にも「引退」があってよいかもしれませんね。


 その後の職探しもたいへんでしょうが,

 ちゃんと資格をとって,頑張っている人もいる。


 「引退」した人が,また「現場復帰」するのも悪くはないと思いますが,

 そこまで人材が払底しているという事実の方が教育の暗さを物語っています。

 
 問題は,「引退」すべきであることを本人が自覚できるかどうか。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より