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絶望

 小学生にとって,いつも接している担任の教師は,信頼すべき大人の一人である。

 子どもによっては,信頼できる唯一の存在であるかもしれない。

 その教師の一言は非常に大きな意味をもつ。

 ときに,その教師の一言が,子どもを絶望へと導く。

 大人の側の感覚で,「そんな大げさな」と,子どもの「感じ方」を評価してはならない。

 「この程度のことは,いつも言っていることで,大した問題ではない」

 という教師の言い訳は,

 自分を守るための言葉であって,

 決して子どもを守るための言葉ではない。

 小学校時代に,教師への「基本的信頼感」を喪失した子どもの指導は難しい。

 固い殻に守られた,頑なな心をもつ一方,

 小さな一言で容易に「折れる」状態になっている。

 そういうことがよくわかっている教師の中には,

 自分の方が折れてしまう人が多い。

 こちらも「仕事なんだから頑張れ」なんて言葉を安易にかけることはできない。

 学校という現場は,

 「妥当性のある評価」によって,

 「現実を直視させる場」であり続けるべきか,

 それとも

 「夢」を見させる場であるべきか。

 私は,進学指導をする必要がない小学校教師の多くは,

 「夢」派だと考えていたが,最近は違ってきているようである。

 公立の中高一貫校の誕生は,

 本来のねらいとは

 完全に逆の効果を生み出してきているといえる。

 小学生に「夢」がない学校教育を引き継ぐ

 中学校の教育は困難を極める。

 部活動や学校行事で何とか救っているのが現状である。

 教科教育という狭い枠で研究を進める時代は終わったのかもしれない。

 今,学校は子どもを「絶望」の淵へと追いやる危険性をもっていることだけは,すべての教師が認識しておきたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より