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【提言】 道徳教育充実のためのカリキュラム

 道徳の時間をただ確保したり,時間を増やすだけでは道徳教育は充実しない。

 現状では「形だけ」の道徳教育になっている学校があることは,一目でわかってしまうことである。

 私の提言は,「道徳の時間」を設けないことによって,道徳教育は充実させることができる,というものである。

 優れた担任による学級指導は,

 毎日の朝と帰りの「学活」が,道徳になっている。

 月曜日から金曜日まで,朝と帰りの5分間,合計すると50分になる。

 これを道徳の時間と読む。

 授業のコマが1つ空く。

 これは,特別活動の時間とする。

 特別活動は,2コマ連続した形,しかも学年ごとに同じ時間を設定し,曜日は全校で同じとする。

 なぜ特別活動が重要か。

 これは中学校で教師をしている人間なら,説明するまでもない。

 学級活動,生徒会活動,学校行事・・・・・生徒が自分から動かなければならないこれらの時間での行動によって,道徳的実践力は育っていく。

 教育委員会は,授業時数の届け出を鵜呑みにするのではなく,

 学校に行ったら過去の学級日誌をきちんとチェックしてみればよい。

 行事のために授業がカットされる,

 会議のために授業が短縮される,

 そういう「事実」がいくらでも見つかるだろう。

 行事に力が入れられる学校,生徒会活動が充実した学校,部活動がさかんな学校の生徒と,

 「うちの学校は道徳の授業に力を入れています」という学校の生徒の比べてみればよい。

 固定的な道徳の授業から,足を洗うときは今である。

 子どもの100%,教師の90%は,私の提言に賛成してくれると思う。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より