ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 日本人の中国像の「つくり手」 | トップページ | 「なでしこ」の佐々木監督と「侍」の山本監督の違い »

「なでしこ」の商品価値

 女子サッカーの国際大会で「なでしこ」は5位となった。

 同じ大会のTV視聴率は,去年の3分の1に下がり,「商品価値」の暴落をなげく声も聞こえる。

 WBCに注目が集まっているのはわかるが,やはり「5位」という結果への目は厳しいものがあるだろう。

 監督や選手は,その「冷たい視線」や「雑音」に耐えなければならない。

 体格で劣る選手が大きなホームランを打ったり,豪快なシュートを決めるのは,

 日本人が喜ぶタイプのスポーツの醍醐味である。

 「柔道」のすさまじい「価値」暴落,「レスリング」の「消滅」問題と,暗い話題が多いスポーツの世界で,

 WBC台湾戦の大逆転劇のようなものは,小さい子どもにも「夢」を与えてくれるという意味で,本当に喜ばしい。

 ただ,こういう「華やかな舞台」を見ると,

 「結果に結びつかない努力」があることの厳しさに,やりきれない思いも浮かんでくる。

 東大合格者数の特集を雑誌が組む季節である。

 高校の「商品価値」が決まる季節なのだ。

 受験者数にも大きな影響が出る「東大合格者数」は,

 「経営」にとっては大きな財産である。

 これを,都立の中高一貫校がまねしようとしている。

 本末転倒の極みである。

 数字や結果に表れないものについて,いかに意味を語れるかが「教育」である。

 ゴールを誤り,「自殺点」を増やそうとしているのだ。

 仮にWBCで日本が連覇を逃しても,私は日本野球にとって大きな収穫があったと考える。

 ただ,その野球に関しても,

 「東京ドームの風」疑惑が心配である。


 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 日本人の中国像の「つくり手」 | トップページ | 「なでしこ」の佐々木監督と「侍」の山本監督の違い »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

野球」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「なでしこ」の商品価値:

« 日本人の中国像の「つくり手」 | トップページ | 「なでしこ」の佐々木監督と「侍」の山本監督の違い »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より