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「なでしこ」の佐々木監督と「侍」の山本監督の違い

 WBC日本代表が3連覇を逃した。

 「予想通り」なんてコメントできる勇気のある人はいるだろうか?

 「アメリカがいないからチャンス」と思っていた人は多かったのではないだろうか?

 私がここで書きたいのは,おそらく他でも書いている人がいるだろうことである。

 「侍」を率いる山本監督と,

 「なでしこ」を率いる佐々木監督の何が違っていたか?

 目標のレベルである。

 佐々木監督は,「ベストいくつ」という目標を立てていたから,優勝できなかったことを後悔し,あくまでも「金メダル」を目標に戦って,実際にそれを手に入れた・・・という話をテレビのインタビューで耳にした。

 山本監督が立てた合言葉は何だったか?

 「アメリカに行こう」

 である。

 準決勝を戦う前で,すでに,目標は達成されていた。

 山本監督はじめ,選手の1人1人の気持ちはわかる。

 3連覇へのプレッシャーを全身で感じていた。

 だから,ブラジルにも中国にも苦戦し,台湾には紙一重のところで勝てたのだ。

 しかし,アメリカを破った強豪チームには勝てなかった。
 
 あえて「3連覇」を合言葉にしていたら,

 台湾にもキューバにも勝てなかったかもしれない。

 勝負の世界は難しい・・・・・というか,厳しい。

 結果が伴わなければ,

 「どこがどうだめだったか」をいろんなところからつつかれる。

 教育現場も同じである。

 本当の目標を達成するのは,ほとんど不可能に近いかもしれない。

 しかし,

 「雑音」「モンスター」などといって批判を排除するようでは,

 教育は何も変わらない。

 どんな批判にも耳を傾けることができ,

 腐ったりキレたりせず,

 常によりよい方向を目指しながら前進していく姿勢。

 それが,子どもに学んでほしい大人の姿勢である。

 逃げている教師を子どもに見せる時点で,

 それは教育ではない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より