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学力の定着は保障しないと断言する人間に読ませたい「総則」

 感覚的で独善的な学力観,学習指導の考え方にふれてしまい,

 せっかく教育に情熱をかける意欲があるのにそれを実らせないで終わる教師が増えるのは惜しいと思ったので,以下のことにふれておく。

 学校は,すべての子どもたちに当該学年までに学習する内容の確実の定着を図ることが求められているのである。

 本人の努力が足りないからダメなのだ,ではすまされない。

 学習指導要領には,「総則」がある。

 この「総則」にも,「解説」があり,出版されている。130円で。

 刷れば刷るほど赤字になる,そういう本がある。

 ブログの左サイドに,その内容が読めるリンクが貼ってある。

 「7 指導方法や指導体制の工夫改善など個に応じた指導の充実(第1章第4の2(7))」

 を参照してほしい。

 学校が,何をしなければならないかが書いてある。

 これらのことを学校が行って,成果が出ない場合,

 その成果が出せないことの検証をきちんと行って,少しでも

 成果が出せるように努力する姿勢が学校には求められる。

 それを実行せずに,

 学力はついていなくても,日本は進級させるのが普通だ,などと言ってはならない。

 日本では,教育課程実施上の配慮事項がきちんと実現されているのを前提にしているから,進級させるのだ。

 そういう指導は,教育委員会が行うことになっている。

 もちろん,どこかがいい加減だから,今のこの状況があるわけだが,

 総則通りにがんばってくれる学校に,子どもは入学させたい。

 手抜きをしている学校は残念ながら,必ずある。

 教育ブログを読めば,そういう教師がいたことがよくわかる。

 教師が少ない=小規模な学校で,教育に情熱をかける教師がいない学校は危険である。

 もちろん,教師の数が多いと,それだけ「さぼれる」教師も多くなる。

 ただ,「指導体制の充実」を図るのに,職員10人の学校と30人の学校では,違いがあって当然だろう。

 学校には,「適正な規模」というのが必ずある。

 教育行政は,その実現を最優先にすべきである。

 教師は,現状を受け入れ,できる限りのことをすべきである。

 何をどうすべきかがわからなければ,総則を読む。

 そこに原則が書いてある。

 137円払えば,読むことができる。

 もちろん,ネット上ではタダで読める。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より