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権力腐敗と学級王国の崩壊

 小学校の崩壊学級の話をまた耳にした。

 この学級の子どもたちは,平気でうそをつく。

 うそがばれても,悪びれる様子もない。

 担任教師そっくりの人間が再生産されたのである。

 学級王国の主は,ときに「反乱」を引き起こされるが,

 「王」にとってかわることができる小学生はいない。

 授業は「王」にやってもらうしかない。

 しかし「王」に授業をする力がない。

 こういう「王」と「子ども」を救う一つの方法が「学び合い」になっている。

 私から見れば,これも「権力腐敗」の一例である。

 「教える」ことができない教師には,「学び合い」をさせる力もない。

 日本は,「学び合い」ながら滅んでいこうとしている。

 何を「学び合い」しているのか。

 何をどうすれば「学び合い」が成立したと言えるのか。

 「学び合い」がうまくいかない,と嘆く教師は正直でいい。

 「学び合い」は「教える」ことを否定する学習指導の方法ではない。

 そういう最も基本的な理解がない教師はなぜ登場してしまうのか。

 それは,「キーワード」ばかりに目がいって,本質を見極めようとしない「手抜き」の姿勢が生む当然の結果である。

 くだらない事例ばかりを載せる雑誌も諸悪の根源の一つである。

 2頁の原稿を書くのに要した時間,使用した資料の数,行った実践の数や時間を考えてほしい。

 大事なのは,「そっち」である。

 書名に誘われて,本を買うのはやめた方がよい。

 買う前に,雑誌よりもはるかに薄っぺらな内容が,薄くて値段が高い本の中に並んでいるだけのものではないことを確認すべきである。
 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より