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大学という「殻」の中にいては分からないこと

 今,大学は生き残りをかけて必死である。

 一部の大学は,文科省からの圧力を真に受けて,

 どうでもいいことに貴重な労力を費やし,

 大切なことをおろそかにしている。

 一部の大学は,就職率の向上に必死である。

 これは,就職のための予備校化した方が効率がよい。

 大学の勉強などしている暇はないのだ。

 学生に,手取り足取り教えてあげる。

 「生きる力」がついていないことが前提の指導である。

 今,一番「生活指導」を熱心にやっているのは,「大学」かもしれない。

 昔の「大学」は今,ごく一部にしか存在しないらしい。

 一部の大学では,自分がつくりあげた「幻想」を

 教育現場にすすめ,より現場を混乱させている。

 いずれにせよ,

 教育界というより,社会全体としては何のプラスにも働かない。

 血迷い気味のブログを読むと,

 学校におけるペーパーテストの課題が何かを語る以前に,

 「点数をとれるようにすればいいのだろう」

 「それが成果だ」

 などと言い張っている。

 学習指導の本質は何か,

 学習の本質は何かを専門にしていない人は,

 指導方法や学習方法で何とかしようという

 浅はかな態度をとり続けている。

 これが学力向上のためのネックになっていることが自覚できないようだ。

 いずれにせよ,

 大学という「殻」の固さは半端ではない。

 文科省は,「殻」を割ろうとしているのかもしれないが,

 今のままだと

 決して割ることのできない内側の殻を,ますます厚くしていくことになる。

 まずは,市町村教育委員会で仕事をするといいのではないか。

 そのあと,都道府県教育委員会で仕事をする。

 そして,就職率が50%以下の大学で事務の仕事をする。

 児童生徒学生の姿が,

 「劣化」してはいないか,

 本気で考えるきっかけになるかもしれない。

 自分たちがやっていることは,

 だんだん人間が弱く,もろく,たよりなくなるような仕掛けかもしれない,

 といったん考えてみてほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より