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スマホで変わる学習の管理・変わらない学習モデル

 この記事はフィクションです。その点をご留意の上,お読みください。

 当学園のPTAより提案があった件について,理事会で承認されましたので,ただちに実施にうつりたいと思います。

 全校生徒に,専用のスマホを持たせます。

 本校が独自につくったアプリによって,全生徒の健康管理,学習状況の管理を行います。

 本校では,英語によるコミュニケーション能力を高めることをねらいとしておりますので,毎日,家庭で学習するためのアプリを開発いたしました。

 これは,音声認識によって本人が学習していることを確認した上で,会話の練習,音読の練習,単語や作文の練習をすべて記録し,学校でその学習状況を把握するものです。

 本人確認ができるようになったことで,自宅でのテストも実施可能になりました。

 長期休業中の学習の方法も変わります。

 夏休み中の課題は,休みに入る前にまとめて出すのではなく,毎週の学習のメニューが日曜日に配信されます。

 進行状況は,音声によって伝えることが可能です。

 メニューに従って音声入力することで,学校で自動的にさまざまな診断を行い,アドバイスが必要な生徒には,メールで指定した時間に教師が連絡を行います。

 本校では,夏季休業中でも4時間の家庭学習を義務付けておりますが,これまではご家庭にお任せしていた管理を,学校で通常に勤務している教師が業務として行うことになりました。

 専用のアプリの詳細につきましては,おってご連絡申し上げます。 

 今,無料でダウンロードできる様々なアプリの中から教育用に使えるソフトを厳選し,作成者とともに改善を進め,より学力向上に役立つものにしております。

 開発が終わったものから,順次お知らせいたします。

 以上。

 補足。

 パソコンを持たせるより,はるかに機能的に学習が進められ,その管理も自動で行えます。

 なお,蛇足ながら,本校では,基本的に教師と生徒,生徒と生徒の対話を重視した授業を行っていくことに変わりはありません。

 授業では教師が必要と認めた時点で,教室全員の生徒のスマホを同時に起動し,所定の画像を配信したり,テストを配布したりします。

 授業中に勝手にスマホを操作することは認められておりません。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より