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なぜそのブログは役に立たないか?

 ここに,「読解力のつけ方」という本があったとしよう。

 その結論が,「勝手な解釈をしないようにしよう」というものだけだったら,

 読者は「騙された」と思われるだろう。

 以前に紹介したように,

 本の中には,ベストセラーではあるが,

 だれもこの本を通読していないだろう,という本がある。

 こういう場合,著者は多くの印税を手に入れることができるが,

 背後には,本のタイトルを決めた編集者が,「これはおれのおかげ」

 という本音が隠されている。

 タイトルというのは,非常に重要なものである。

 教育書の出版社にいつも文句をつけたいのは,

 明らかに小学校の教師だけのための本なのに,タイトルや帯の説明などからそれが分からないようにしてあるものが多い。

 買わされた方は,非常に残念に思う。

 教育ブログというのは,

 どういう人が,何のために読むのだろう。

 そういう「読み手のこと」を全く考えていない人間がいる。

 「読解力のつけ方」というタイトルの記事があったら,

 教育ブログの読者というのは,

 「読解力を身に付けるポイントはこれと,これと,これは知っているけど,他にもあるのかな?」

 などと思って読む場合も多いだろう。

 その役に立たないブログには,教師のためのブログというタイトルがついている。

 しかし,教師のためになる記事はほとんど見られない。

 ためにするとすれば,

 「こんな文章を書くような人間にはなってはならない」ということが学べるということだ。

 「作文の書き方」の授業で,

 「ダメなタイトルのつけ方」の例には使える。

 どうして,

 タイトルと無関係のことが堂々と書けてしまうのだろう。

 そういうレベルでポイントがずれてしまうわけだから,

 大事な教育でもずれてしまうのはしかたのないことだったのだろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より