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「分かりやすさ」を第一にする教育が行き着く先

 以前に,書いた話だから繰り返さないが,

 ヒトラーはどのような演説を心がけていたか。

 それは,民衆の愚かさを逆手に取った作戦である。

 それと同じことを小学校では堂々とやっているらしい。

 「分かりやすさ」とは何か?

 このことへの深い洞察を持っている小学校教師がいたら教えてほしい。

 「分かりやすさ」で受けた政治家が,国民にもたらしたものは何なのか。

 「だれでも分かる」ということの意味は何か?

 そもそも「分かる」とは何か?

 あなたがもし教師だったら,自分が行っている教育の特色をひとことで表現できるだろうか?

 それも,専門とする教科指導における特色について。

 そんなものをひとことで表現できるような教師を,だれが優秀と判断してくれるのだろうか?

 だれが信用するのだろうか?

 「愛を大切にしています」と真面目に自分の担任が答えたら,

 保護者はどう感じるだろうか?

 キャッチコピー,キャッチフレーズ,全盛時代である。

 日本人は,流行語というものへの関心が高い。

 短いフレーズで,分かったような気持ちになることの危険性を,

 歴史から,社会の現実から学ぼうとする姿勢を子どもに身につけさせる場が学校である。

 「生きる力」という言葉は私がつけた,と自慢していた役人を忘年会で見たことがある。

 どの省庁の役人かは言うまでもないだろう。

 「言語活動」という言葉も,今,一人歩きしている。

 勘違いしている教師たちが,「話し合い」の時間をただ増やしている。

 「言語活動」を「はやらせた」人間は,地方から中央へ上ってきたらしい。

 この国の教育の課題は,こうした話からも明らかである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より