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中国に学ぶべきこと ~テレビに映される○○~

 中国のテレビでは,○○はそのまま画面に映される。

 日本では決してそんなことはしない。

 両国の文化の違いである。

 ある人は,日本も映すべきだ,と主張する。

 その主張の根拠は,日本人は,子どもも大人も,○○を目にすることがほとんどないから,

 思い詰めると自分で命を捨ててしまうのだ,というもの。

 悲惨な状況の○○を目にすれば,自分がそんなふうになることをおそれ,

 命を捨てる行為を思いとどまらせることができる・・・・・。

 ・・・・そうだろうか。

 私は使ったことがないが,ある中学校では,喫煙の習慣がおさまらない中学生に,

 がん患者の肺の写真を見せることで,抑止力にしようとしていた。

 これで効き目はあったかどうかは知らない。

 中学生や高校生はもちろんだが,小学生が命を絶つというニュースは非常に衝撃的である。

 なぜ命を投げ出さないといけないのか,理解できない子どもたちも多いだろうが,

 恐ろしいのは,「理解できてしまう子どもたち」が増えることである。

 学校における「強い指導」「厳しい指導」は,体罰などを伴わなくても,

 子どもが衝動的に自ら死を選んでしまうリスクが高くなっている,という現実をふまえて行わなければならない時代となった。

 子どものよりよい未来のために,教師は問題行動を背景とした指導でも,言葉をかけなければならない。

 もうすぐ,大切な感覚が欠如した元教師による記事が更新されるだろう。

 順番からすると音楽の話だろうが,音楽は演奏している人の心を豊かにするとは限らないものであることをこのブログ村では学ぶことができる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より