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「自己愛」と「自己中」の違いが分からない人

 人間は,自分が持っていないものの話をしたがる傾向があるという。

 それはそれとして,

 教育を語るとき,「自己愛」を除く「愛」などという話を持ち出している人間がいる。

 心理学を学んだ形跡が感じられない。

 ここではいちいち引用しないが,

 自己愛が育たない子どもがどうして生まれるか,ということは,教育関係者でなくてもわかるだろう。

 どうして他人を大事に思うことができるのか?

 教育に関する話は,真面目に書き出すと,

 「偽善者」と批判してくる人が昔はいた。

 そう揶揄したい気持ちは痛いほどわかる。

 自分がいかに不幸だったかを教えてくれた人もいた。

 こちらとしては,「なるほどね」と納得するのみである。

 今,たとえば小学校で,「自己愛」をもっていない子どもは,どう扱われているのだろうか。

 「自己愛」をもっていない教師は,「自己愛」をもっていない子どもをどう教育しようとするのだろうか。

 今日も,小学校の教師の課題を聞かされた。

 6~12歳の子どもばかりを相手にしていると,

 本当に社会の常識からはかけ離れた「信仰」をもってしまうらしい。

 「見栄えがよければいい」

 ・・・・・たまたま手に取った本に,「教室はこういう風に飾る」という見本が載っている。

 小学校の教室に入ると,だいたい同じような光景である。

 殺風景な教室を小学校で見たことがない。

 これが,そもそもの誤りのもとである。

 感覚がずれている。

 それを修正する方法は,今のところないらしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より