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70万円惜しさに現場を去る教師たち

 退職金の減額が,埼玉県の学校現場を揺らしている。

 教師というのは,タイトルのような趣旨によって,

 その「見苦しい去り方」を批判されるのが,

 一般の事務職よりは「つらい」職業である。

何しろ,「働くことの尊さ」を教えてきた身である。

 「結局,最後に大切なのは,『カネ』なんだね」ということだ。

 70万円は,けっして「少額」ではない。

 「同情票」も多いだろう。

 そもそも,2ヶ月間,仕事をしない人が,仕事をした人よりも70万円余計にお金をもらえるという仕組みそのものが問題であることは明らかだが,

 決して「きれい」な教師生活の終わり方ではないはたしかである。

 それだけの「汚点」を残し,卒業式には「来賓」として出席するのだろうか?

 「お別れ会」はいつするのだろうか?

 「離任式」には出席するのだろうか?

 ネット上のアンケートでは,今のところ自分なら

 「やめる」「やめない」が半数くらいずつである。

 
 それにしても,

 日本は「ドミノ式」「雪崩現象」が一般的な国である。

 自分の尻にも,火がつきかけていることに気づかなければならない。

 終身雇用・年功序列にあぐらをかいてきた人が,ここに来て

 焦るとは,全くの「想定外」のことだっただろう。

 給与のあり方も含めて,大きな見直しを図るとしたら,

 今しかないかもしれない。


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 降旗学「体罰と塩酸と早期退職の教師たち センセイ、それはないだろう」(ダイヤモンド・オンライン)を読んだわけですが……。 [続きを読む]

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より