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【重要】 小学校の先生へのお願い ~指導要録をつくる上で~

 あるブログで,指導要録に記す評価の方法について,自分の考えを述べている小学校教師がいましたが,それが誤った考え方に基づく「仕事術」なので,ここでお願いをしたいと思います。

 引用させていただくブログ名は,『小学生攻略法』で,記事名は『指導要録に成績をつけながらいつもひっかかるのは』です。

 「いつもひっかかる」ことだそうですので,誤った「仕事術」が,何年にもわたって繰り返されている可能性があります。また,それが小学校の教師たちにとって「一般的」であるおそれもあるので,確認しておきたいのです。

 まず,指導要録は,形式的な単なる事務的帳簿ではなく,指導と評価の重要記録だということです。

 記事には観点別学習状況の評価のうち,「関心・意欲・態度」についての「ひっかかり」が紹介されていますが,その基本的な考え方は,誤っているとは言えません。

 このブログでもたびたびふれているように,「挙手が多い」=「意欲がある」ではないのです。

 しかし,この教師は,「各教科の学習の記録」として「関心・意欲・態度」をとらえようとしているかどうかが,あやしい気がします。しかも,指導要録の評価が「総括」として位置づけられていない点が問題なのです。

 学習指導は,教科ごとに目標があり,単元ごとに目標があり,毎時間ごとに目標があります

 それぞれの目標に照らして,観点ごとに学習状況を把握するのが「観点別学習状況の評価」です

 ですから,毎時間ごと,単元ごとの評価を総括すれば,指導要録に記載する評価ができあがるのです。

 やってはいけないことは,「冬休みに評価をつけてしまう」ことです。

 なぜだかわかりますね。

 それは「予想」にすぎません。

 3学期の学習が残っているわけですから。

 3学期の学習の単元にも目標はありますが,学年末ということもあり,この1年間の学習成果が発揮できるような場面を積極的につくり出すことです。

 全教科は無理かもしれませんが,総括的な評価にふさわしい,「作品」「文章」をつくらせるべきなのです。

 教師は,そのように「表現」されたものから「確かな学力」を把握するしかありません

 「見た目の印象」で「評価」してはいけないのです。

 「関心・意欲・態度」の「態度」面は,確かに難しい評価内容です。

しかし,少なくとも,各教科の目標に照らして実現してほしい「関心のあり方」や「意欲の実態」を明文化しておき,そこから見て「十分満足なのか」「おおむね満足などか」を評価すべきなのです。

 私は個人的には,小学校でのみ,この「観点別学習状況の評価」は実効性があると考えていますが,こういう教師ばかりだと,小学校ですら,「ただの事務仕事」にすぎないものになっており,教育的価値を見いだせなくなってしまいます

 指導要録をつける上で,すべての教員が読んで知っておくべき文書とは,

 22文科初第1号(平成22年5月11日)付けの

 小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について(通知)

 です。

 ここでふれている学習評価の基本的な考え方とは,

 「きめの細かな指導の充実や児童生徒一人一人の学習の確実な定着を図るため,学習指導要領に示す目標に照らしてその実現状況を評価する,目標に準拠した評価を引き続き着実に実施すること」です。

 評価は,点数をつけるためのものではありません。

 作品をつくってもらうのは,単に「評価結果」を出すためのものではありません。

 良い点を示して意欲を高めるほか,課題を指摘して,「よりよくする方法」を自ら追究させたり,実際に改善させたりするのが「評価」の役割です。

 そうすることで,「学習の確実な定着」を図るわけです。

 ここでは中学校における,保健体育科の体育分野(1,2学年)の「運動や健康・安全への関心・意欲・態度」の評価の観点の趣旨をご紹介します。これを読むと,教師はどのような指導を心がけるべきであるかも自ずと明らかになり,実現状況がよくない場合,それは教師の指導力に大きくかかわっていることも,わかると思います。

 「運動の楽しさや喜びを味わうことができるよう,公正,協力,責任などに対する意欲をもち,健康・安全に留意して,学習に積極的に取り組もうとする

 運動神経がよくて,ただ自分のやりたい運動を好き勝手に一人でやっている子どもではだめだということがわかります。

 教師の指導要録の作成にかかわる

 関心・意欲・態度

 が問われているのかもしれませんね。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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