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「現代の名言」と教育-2 ベッケンバウアー

 強い者が勝つのではない。

 勝った者が強いのだ

 ***************

 勝負の世界には,

 「参加することに意義がある」ではすまされない厳しさがある。

 飛躍して恐縮だが,

 教師の世界には,

 「とりあえず授業が成立していればそれですむ」という甘さがある。

 その反動が,部活動に来る。

 冒頭で紹介したのは,

 「座右の銘」にしたい「名言」のトップに来た,ベッケンバウアー・元サッカー西ドイツ代表選手の言葉だが,

 体罰の問題で揺れている部活動の世界からその言葉をながめてみると,

 「勝つこと,勝つことを目指すことの意味の大きさ」にめまいを感じる。

 部活動の顧問は,

 「強さ」を求める。

 そこには,「試合に勝つ」ことで示せる「強さ」もあるが,

 700年にわたって日本を統治してきた「武士」の気質にあたる「強さ」も求められていると感じる。

 つまり,「心の強さ」である。

 鬼のような顧問の前でも動じない,「心の強さ」が「勝利への鍵」と信じてやまない人たちがいることは,容易に想像できる。

 多少の叱責や「体罰」には動じない,「心の強さ」を求められている生徒たちは,少なくないと思われる。

 「そんな心の強さは必要ない」と言い切れることが,

 部活動をもっている教師たちにできるだろうか。

 「体罰」で処罰されることなどには決して動じない,そういう教師は少なくない。

 そして,そういう覚悟をもっている教師が高い信頼を得ていることも否定できない。

 「体罰」を消し去るためには,あらゆる方面からの意識づけ,はたらきかけ,動機づけが必要である。

 学校や教育委員会のレベルでは,限界があろう。

 学校や教育委員会の「隠蔽体質」が,今回の「体罰問題」を通してみても,

 いかに「浸透」しているものかがよくわかる。
 

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より