ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「私はひいきはしない」と断る教師の情けなさ | トップページ | 「下」とか「上」にこだわる人間をだまらせる方法 »

せまい意味の国語力(読解力)だけでは社会を生きていけない

 学生時代,国語が苦手で,非常に点数が低いのに,いえいえ,それどころか,学校もやめてしまったのに,世界的な発明をした人は,その国の「国力」の発展を支えることになった人と言える。

 国語という教科が嫌いで嫌いでしかたがなかった人が,世界的な小説家になる。

 ある人に言わせれば,こういう人は「頭が悪い」人間で,国力の低下を招く,「元凶」なのだそうだ。

 学校の成績が悪くても,社会を引っ張っている人は,いくらでもいる。

 逆に,学校の成績がある程度よくて,教員にはなったが,「頭のよい人」がつくれないでいる人はいくらでもいる。

 なぜ,国語という教科で「読解力に欠ける」と評価された人が,企業の人事部で優秀な人を採用し,社員の配置を見事にこなすようになれてしまうのか。

 それは,人間の社会には,言葉によるコミュニケーション以外に,非常に多くの「情報」のやりとり・・・・たとえば,表情の意味を探るとか,その人の性格を熟知しているとか・・・・・がなければ,うまく機能していかない側面があるからである。

 国語の問題は,きちんとした「正解」が導き出せるような「根拠」になることが,問題文の中にきちんと示されている。

 だから,「筆者はこういうことも考えているはずだ」と予想して,答えると,誤答になってしまう。

 笑い話で,文章の作者が示されている問題で,その問題文の中ではなくて,ほかの著書に書いてあった論の趣旨を答えてしまったら,×になったが,その作者が自分で採点したら,×にされたものが正解だ,ということがある。

 こういう「読解力」の育成は,裁判官のような職業の人間を育てたいなら,大事かもしれない。

 でも,社会でうまく生きていけない人間をつくるおそれがある,という自覚はもっておくべきである。

 誤解をされる文章を書いておきながら,「誤解した相手が悪い。国語力が劣っているからだ」なんて開き直るような人間は,社会ででしゃばれば,トラブルの種をあちこちにまいていく。

 文章が書かれた「背景」が理解できない人間は,リアルな会話でも,微妙な「ニュアンス」が読み取れないと,交渉事ならきっと失敗する。

 国語教育が重視しているのは,「読む」力だけではない。

 こういう基本的な理解がない元教員が教育論・教育問題で政治を皮肉っている。

 他人に対する文句は矢のごときはやさで文章にするが,大事なことは書かないで逃げる。

 自由と言えば自由だが,本当に公教育の信頼性を踏みにじる行為(ありのままを示す行為)である。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
  

« 「私はひいきはしない」と断る教師の情けなさ | トップページ | 「下」とか「上」にこだわる人間をだまらせる方法 »

教育」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: せまい意味の国語力(読解力)だけでは社会を生きていけない:

« 「私はひいきはしない」と断る教師の情けなさ | トップページ | 「下」とか「上」にこだわる人間をだまらせる方法 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より