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「下」とか「上」にこだわる人間をだまらせる方法

 子どもを管理職=「上」に対して,「下」とみる教育観の人間をだまらせるにはどうしたらいいか。

 それは,「上」が「下」といっしょになればいいのである。

 以前に述べたように,校長になることを目指して教員になる人は,あまり多くない。

 子どもに教えるのが好きだから,という純粋な理由で教員になる人よりは少ないはずだ。

 学校現場に入ると,

 「上」=管理職は,さらに「上」=教育長(教育委員会),さらにその上=「文科省」の方ばかり見ており,

 「下」=自分たち教員

 を見ていない,という印象をもつ教員が多いと思う。

 「縦」関係に目がいく人というのは,

 「横」=組合の論理だけで動く人と違って,一応,公務員らしいといえばいえなくもないが,

 「上」とか「下」という「印象」をつくりあげているのは,自分の「心」であるという自覚をもつべきである。

 「上」=管理職が,「下」=自分たち教員のことを理解していない,

 という印象をもつとき,

 その教員は,子どもの利益のことをきちんと考えているだろうか。

 「上」=管理職は,教員のためにはたらいているのではなく,教員と同じように,子どものため=社会のためにはたらいているのである。

 みんな,「下」=子どものためにはたらいているのである。

 そう考えれば,「上」とか「下」とかいうものの見方自体が誤っていることに気づけるはずである。

 ここからどうしたら抜け出せるのか?

 自分が当事者になることである。

 子どもにきちんと正対することである。

 「わたくし」を捨てろ!と言っている人間自体が,「わたくし」を捨ててみればいい。

 「上」とか「下」とかいうものの無意味さ加減がわかってくる。

 ・・・・はずだが,おそらく,こういう人間の感覚は一生治らない。

 わざわざ記事を読んでくれて,その上,コメントまで寄せてくれた人に,完全に上から目線の失礼な態度をとる・・・・これも,その人間の「個性」である。

 そして,そういう人間の「生き恥をさらす行為」は,ネット上では自由である。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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