ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 学校は無免許でも勤まる職場 | トップページ | 命を救うために必要な知識 »

中学校で表面上,最も好かれる教師

 教職大学院の教授から聞いた話である。

 学力を向上させている有名な教師がいる。

 この教師は,評価の「きじゅん」をあらかじめ生徒に教え,知識を注入し,効率よく試験でいい点がとれる授業をしているそうだ。

 授業が成立しない教師にとって,「あこがれの的」になっているらしい。

 こういう教師は,子どもに「気に入られる」。

 テストの前に,テストの問題を全部教えてくれる先生がいたら,どうだろう。

 勉強が苦手な子どもも,点数がとれるようになり,
 
 「学ぶ意欲」が向上する。

 世間では,こういう「学力向上」策を望んでいる人が多い。

 子どもや親の要求に応えているのだから,教師として満足できているのではないか。

 ・・・・・しかし,この教師が絶対に守っていないものがある。

 これを,一般の人は知らないし,公務員になった時点からさぼっている人が,見向きもしないものがある。

 それが,学習指導要領である。

 学習指導要領は,教科書で扱われる内容を,かなりの程度,規定する。

 実際には,教科書に書かれるようになる内容ほどのことは,示してはいないものもある。

 「どんな能力をつけさせたいか」というのが教育の方針であり,

 「どんなテストに,どれだけ高得点をとらせることができるか」という想定はしていない。

 だから,ペーパーテストでは評価できないような能力もたくさん要求している。

 こういうことに,生徒はもちろんのこと,一般の人は関心がない。

 教師に関心がないのだから,無理もない。

 というより,「生きる力なんて,いいんです。高校に受かれば,それでいいんだ」などと圧力を加えられれば,教師の方も安易な授業に方向転換しやすいのだ。

 かくして,中学校から高校にかけて,塾と同じような教育が行われるようになっている。

 塾と同じように,テストで点がとれるような子どもを育てれば,保護者などから文句を言われることはない。

 だから,安心して,仕事に励むことができる。

 教育の理念は死んでいる。

 だから,もはや公教育には存在価値はないのかもしれない。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 学校は無免許でも勤まる職場 | トップページ | 命を救うために必要な知識 »

教育」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中学校で表面上,最も好かれる教師:

« 学校は無免許でも勤まる職場 | トップページ | 命を救うために必要な知識 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より