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子どもの目が「能力主義」「成果主義」になっている

 子どもの考えや行動が,時代を先どりしている場合がある。

 子どもや保護者の教師を見る目が厳しくなった。

 教育委員会や社会が「成果主義」「能力主義」などを取り入れようとしているより前から,子どもの目は「年功序列」とは縁のないものになりつつあった。

 子どもたちは,実によく,教師それぞれの能力や態度に見合った行動や反応をする。

 教師たちは「観点別学習状況の評価」を適正に行っていることにしているが,

 そんな評価ができる指導をしていないことを,子どもの方が見抜いている。

 教師が行っている授業の「成果」を一番よくわかっているのは,子どもである。

 教師ではない。

 教師は自分の能力をしっかりと把握しているのだろうか。

 おそらく把握できていないだろう。

 しかし,子どもは把握できている。

 子どもは,実質的に,教師の能力や成果を評価する機会を奪われている。

 一部,「空気を読まない・読めない」子どもが,本心を明かすようになってきた。

 「空気を読めない」子どもにとって,最も重要なのは,自分の考えである。

 これを耳にして初めて,教師は子どものことが「わかった」と言える。

 教師に遠慮することが礼儀であり,傷つけてはならないものだと信じている子どもから,教師は何を学べるというのだろう。

 アンケートをする場合は,本音を書きそうな子どもだけで十分である。

 校長などより,もっと厳しい目をもっているのは子どもである。
 
 子どもは「能力主義」「成果主義」の評価の目をもっているが,それを生かす場は,自分が教師になって立つ教育現場だけである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より