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釧路市の「基礎学力習得推進条例」に反対する人たち

 あるブロガーが,

 「学校の教員は,子どもの学力を保障する必要はない」

 と書いていた。

 おそらく,こういう教員は多いのだろう。

 「子どもが家で勉強しないのが,悪い」

 ことにして,とにかく責任逃れをしたいわけだ。

 しかし,これを教師に面と向かって言われたら,さすがに親も怒るだろう。

 「どうしてこんなやつのために税金を払っているんだ」などと。

 釧路市でおもしろい条例が可決された。

 正式には,

 「釧路市の子どもたちに基礎学力の習得を保障するための教育の推進に関する条例」

 というらしい。

 要は,教員に,ちゃんと仕事しろ,と言いたいわけである。

 ただ,そこはだまっていない人もいた。

 「基礎学力とは何か」と始まったわけだ。

 要は,字が読めて,漢字が書けて,計算ができて,教科書程度の問題が解ける。

 それが親にとっては切実な願いなのである。

 手を抜きたい教師に,わけのわからない「話し合い」などさせられていて,

 「何も身に付かないで,力のない者同士が仲良く暮らす空間をつくっている」

 学級を見せられたら,何か言いたくなるのが普通だろう。

 保護者の願いを,議員が実現してくれたわけである。

 民主主義のルールにのっとってきまりができても,

 少数意見を無視するのか,と怒って,何もしない人がいるのは困りものである。

 問題は,学力向上を教師たちが実現できるかどうかだが,

 結局は,実現するために努力している証拠を見せたら,それで「仕方がないですね」で終わりだろう。

 そんな「証拠」は,いくらでも「捏造」できる。

 「妄想」でもいい。

 だから,「監視員」が必要である。

 本当に,約束通りの仕事をしてくれているのか。

 近い将来,「校長」が本来,なすべきであった仕事を,責任をもってなしとげる新しい「職」が誕生するかもしれない。

 「地域の人たちがつくる学校」が,現実のものになるのはそう遠い未来ではないかもしれない。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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