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小学校における「発表活動」を充実させるために

 各小学校で,取り組んでいただきたいことがある。

 それは,「中学生の発表を聞く」機会を増やすことである。

 すでに小中連携の一環として,実施しているところもあると思われる。

 この取り組みを実施するメリットをいくつか挙げる。

 1 中学生が,小学生にもわかるようなわかりやすい
発表を心がけるようになる。

 2 小学生が,中学生ならではの優れた発表を聞き,
その方法なり姿勢なりを学ぶことができる。

 3 小学校の教師が,中学生になったら,どのような
発表の能力が伸びているかを知ることができる。

 4 中学校の教師が,生徒の発表する技能を軽視
できなくなる。

 5 小中の教師の交流が促される。

 
 発表活動というのは,ただ調べたこと,まとめたことを棒読みするものではない。

 小学校の授業を参観させていただくと,この発表活動というのが,あまりに不自然に行われているような印象を受けることがある。

 これは,参観前にすでにリハーサルをしている場合である。

 聞く側に反応がない。質問も出ない。

 発表活動というのは,発表する側よりも,聞く側の積極性があるかないかが重要である。

 よく「カラオケルール」にたとえられる話である。

 中学生が発表しにくれば,否が応でも「聞く姿勢」を見せなければならない。

 そこで,小学校での「発表活動」が充実していたかどうかがわかる。

 ただ「聞く」のではなく,そこで自分が何かを考え,自問したり質問したりして,内容を深めることがなければ,「学習」の時間にはならない。

 「わからない」ところは,「わからない」と聞き返さなければならない。

 こういう「葛藤」というか,「混乱」がおこらない発表活動は,「やらせ」にすぎない。

 中学生はぜひ小学校に足を運んで,発表の技能を磨いてほしい。

 小学生は中学生から「わかりやすい発表とは何か」を学んでほしい。

 失敗が生む,高い教育効果が,この活動には隠されている。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より