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「調整役」をいじめる「部外者」の傲慢

 学校における「調整役」とは何か。

 さまざまな集団での,さまざまな「調整役」がいる。

 学級では,無責任な担任と,生徒たちの間で,学級委員が「調整役」になることがある。

 学年では,学年主任と,困った教師との間で,中堅の教師が「調整役」になることがある。

 学校では,校長や副校長,教頭が,教員と教育委員会の「調整役」になっている。

 こうした「調整役」は,ときに「攻撃」を受ける。

 「どっちの味方なんだ」というもの。

 「調整」の難しさは,「調整役」になってみなければ,わからない。

 どちらかを切って捨てればいいのなら,「調整役」はいらない。

 ここがわかっていない,「問題教師」や「問題生徒」「問題児童」がいる。

 自分たちのためにしてくれている「調整」なのに,それがわかっていない。

 自分たちのような人間がいるからこその「調整役」なのに,調整役を責めるのは筋違いである。

 

 選挙が近い。

 同じようなことが行われている。

 調整役は,つらい立場である。

 はっきりものが言えない。

 「調整役」にすぎない「党首」は,見ていて気の毒である。

 まだ,「個人的な意見です」と言って逃げる方法もあるが,

 個人ではなく,「組織」で行っている選挙だから,「個人的な意見」に投票するわけではない。

 調整役はたたかれ,いじられ,疲弊していく。

 そして,国政の場に出ても,同じことが繰り返される。

 当事者は,どこにいる?

 責任をとろうとしない「部外者」たちが,堂々と意見を言えるのが,民主主義である。

 それを嫌と言うほど思い知らされている世代から下の動向が,長い目で見ると,心配である。

 民主主義がたえられない世代を待っているものは何か。

 それがすぐ目の前に迫っているような気がする。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より