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「学校社会」は「あきらめ」の境地を味わわせるところ?

 学校には,それぞれのルール,掟がある。

 学級(担任)には,それぞれのルール,掟がある。

 それを受け入れなければ,「学校社会」「学級王国」では生きてはいけない。

 ・・・・・・・そういう「あきらめ」が,

 「いじめ」への無力感を生み,

 無気力な子どもたちを増やし,

 「本物の活力」を奪い,

 未来を暗くする。

 思えば,ことは中学校教育に限ったことではないかもしれません。

 大学もしかり。

 企業社会もしかり。

 しかし,多くの人たちにとって最も身近なのは,地元にある小中学校の教育であるはずです。

 高校は,もはや個人のものだったり,都道府県のもの。

 「私たちの地域」の小学校や中学校に,

 「よそから通ってくる人たち」がつくっているルールや掟が本当にふさわしいものなのか。

 「議論する場」がほしいところ。

 そもそもほとんどの人が,「ヘンなルールや掟」を知らない。

 教師が授業を自習にして,出張に行ってしまうような,そんなおかしな小学校があることを知らない。

 自分のことを大事にしすぎて,ずれまくっている区長は,

 「教師と子どもが向き合い,話し合う時間が足りない」などとおっしゃるが,

 そんな時間を子どもは求めていない。

 子どもは勉強と部活,友達との時間,自分と向き合う時間の方が大事。

 教師とは,授業という時間に,嫌というほど嫌な時間を過ごしている。

 友達は選べるが,教師は選べない。

 「その教師たちの,そのやり方は,本当に正しいものなのか」

 そういう思考力を根こそぎ奪っている「学校社会」が,

 民主的な国家・社会の形成者を育てられるのか・・・・・育てられていない結果が,現状そのものではないか・・・・。

 教師として自問しなければならないところ。

 子どもたちが,少なくとも,生徒会役員レベルの子どもたちが,

 「違う伝統の中を生きている学校」を訪問し,自分たちの学校の良さを発見したり,問題点の解決方法を自ら気づいていけるような,そういう学校がある。

 一番いいところを,宣伝できないのがつらいところ。

 でも,身近な学校の中にも,たくさんあるはず。

 中学生たちが,学校を変える。

 その中学生たちのための,学校だから。

 という発想で支援できる人を,どうしたらつくりだせるだろうか。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より