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「配慮」能力を欠く教師たちが傷つけてきたもの

 子育てに悩む母親の実態は,ほとんど公の場で話題にされることはありません。

 宮部みゆきの『ソロモンの偽証』では,実際に存在するであろうタイプの母親が何人か描かれています。

[母親] ブログ村キーワード

 よく取材しているものと思います。

 そして,作家のその取材内容に匹敵するほど,教師たちが具体的な情報をもっていることはまずないでしょう。

 教師は,子どもの教育上の問題を母親と話す機会が多いのですが,母親自身の悩みや苦労を聞いてあげる立場ではないと考えている人が多いはずです。そこまでめんどうみきれないし,そういう立場ではないだろうと。

 しかし,教師をある程度つとめていればみんな気が付くでしょうが,

 問題を抱える子ども以上に,母親がとても深刻な状況に陥っていることが多いのです。

 本当は,子どもの問題を解決するためには,母親の方の課題が先に解決されなければならない,ということに気づいていながら,それを話題にすることはまずありません。手助けすることはない。

 下手に親身になって相談を受けたりすると,別の問題が発生することもある。

 教師は「道を踏み外さないため」の防衛手段を,「子どものために一緒にがんばりましょう」というかけ声をかけるというかたちでとっている。

 こういう「かけ声」が,いかに「無責任なものか」,実感できている教師はあまり多くないかもしれません。

 さらには,こういう「事情」を理解できない教師が,たまにいる。

 そして,場合によっては,苦しんでいる母親をますます追いつめていく。
 
 「精神疾患」とか「妄想」なんていう言葉を軽い気持ちで「詳しく」述べる人がいる。

 そういう「文章」を目にした人が,どんな気持ちになるのか,という想像力がはたらかない。

 「配慮」能力を完全に欠いている人間です。

 こういうタイプの教師は,よく保護者とトラブルをおこす。

 「前提」からずれているというか,「前提」を所持していない。

 その最大の原因がどこにあるかは,ここでは書きません。

 人間は,育ってきた環境に非常に大きく左右されるものです。

 まず,自分と言う人間がどういう人間なのか。

 コンピテンシーモデルによって徹底的に分析してみるのはいかがでしょう。

 教員採用の基準を考える上でも,とても有効な手がかりになると思っているのですが・・・。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より