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バランスを失っている人がとっている「バランスのとれた姿勢」

 また登場しましたか。

 「人格に問題がある」

 という指摘。

 子どもにこういう態度をしっかり植え付けてきた,自分の実践をふり返ることはできないのだろうか。

こういうことを書くことで,自分のバランスを保っている。

 バランスを失った人がとっている姿勢を外から見ると,本当におかしなものである。


 
 今の時代,教師からの情報だけで自分の進路を決定させるような,

 そういう教育をしている学校はないでしょう。

 自分の進路は,自分で決めるのです。

 「でも,自分では決められないのだから,学校が・・・」

 そう。

 もうそこは,「学校」ではない。

 「教育」をしていない場所を,「学校」とはよびたくないのです。

 そこは,「職業あっせん所」です。

 教師の「助言」は,大切にしてほしいと思いますが,

 それは単なる情報の一つです。

 子どもたちの中には,「仕事はきついが,甘ったれた環境で,昇進などもないような特殊な職場で働く担任教師」の言葉を,頭から信頼していない人もいることでしょう。

 そもそも,

 「仕事がないかもしれないからやめておけ」

 とか,

 「●●くらいの実力がなければだめだ」

 のような言葉を吐くような人間に,相談をもちかけようとする生徒はいないでしょう。

 言葉をかける方は,一般論を言っているだけ。

 そして,良心のつもりなのでしょう。

 しかし,人のやる気をそぐ言葉は,進路指導の場面では必要ないのです。

 そこは,「教育」の場ではなくなってしまうのです。

 「企業」の現場の話なのです。

 そういう人間でも,立派(かどうかわかりませんが)に教員として教壇に立っていられるでしょう。

 だから,人の可能性を奪ってはいけないのです。

 わざわざ例を出して「けなしている」・・・・しかも,4つも「妄想」を浮かべて(そのうちの1つは,例によって「病気」)相手と,自分が五十歩百歩であることがよくわかるようにわざわざ自分で書いているのに,なぜ気づけないのでしょう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より