点数でおだてたり,点数でけなしたり・・・
悪口を書いたらいいことはないと,書いておきながら,悪口を書かないと気がすまない人がいる。
教育現場が最も手を焼いている困った教師の実像を大公開してくれているブログ。
汚名をすすごうと,必死になって努力しているのはわかるが,何も響いてくるものがない。
予想通り,またすぐにもとの調子に戻った。
教育は,信用が第一の仕事なのです。
もはや何を書いて「点数を稼ごう」としても,無駄な努力なのですが,
「漢字が得意な子ども」と同じ気分に浸ろうとしているのかもしれませんね。
たしか「八方美人」的なものいいも非難されていたように記憶していますが,そうせざるを得ないときというのが,人間にとって一番醜いときなのでしょう。
書けば書くほど泥沼にはまっていく。
そして,「頭がおかしい」「妄想」「病気だ」という,どうしてもおさえきれない言葉が出てきてしまう。
「5W1H」も使いどころが間違っている。主張している自分は何も書いていない。
もしこれが現場の教師だった場合,子どもからは最大級の軽蔑のまなざしを向けられることになるのです。
しかしそれに対して,恐ろしいほど鈍感な人がいる。
逆に,恐ろしいほど敏感な人もいるのですが,「思い込み」に過ぎない場合もある。
自意識過剰がここまでくると,気の毒になってきます。
どこにもいい顔をしようとするから,自分の矛盾に気づかない。
教師が自滅していくパターンです。自滅しているのに,その事実をまるで受け入れようとしない。
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公立学校の「異動」というシステムは,「リセットできる」チャンスととらえればいい制度なのでしょう。
ところが,どうやらそれを「悪用」する教師がいる。
日本の社会は,特に一般の人たちは,教師の「悪行の追跡行為」「前歴調査」などはしませんから,「新しく異動してきた先生」に特別な偏見をもつことはありません。荒れている学校の場合は,最初はむしろ「期待」の目で見られる。しかし,新たな気持ちで,また同じ問題を繰り返す。
ブログで「異動」したつもりになっている人がいる。
それが許せない心は,教育現場に立っているからこそ,わきおこってくる。
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