ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教師の性犯罪と交通事故を「同じようなもの」と考える人 | トップページ | モラルリスクを体験する教師たち »

点数でおだてたり,点数でけなしたり・・・

 悪口を書いたらいいことはないと,書いておきながら,悪口を書かないと気がすまない人がいる。

 教育現場が最も手を焼いている困った教師の実像を大公開してくれているブログ。

 汚名をすすごうと,必死になって努力しているのはわかるが,何も響いてくるものがない。

 予想通り,またすぐにもとの調子に戻った。

 教育は,信用が第一の仕事なのです。

 もはや何を書いて「点数を稼ごう」としても,無駄な努力なのですが,

 「漢字が得意な子ども」と同じ気分に浸ろうとしているのかもしれませんね。

 たしか「八方美人」的なものいいも非難されていたように記憶していますが,そうせざるを得ないときというのが,人間にとって一番醜いときなのでしょう。

 書けば書くほど泥沼にはまっていく。

 そして,「頭がおかしい」「妄想」「病気だ」という,どうしてもおさえきれない言葉が出てきてしまう。

 「5W1H」も使いどころが間違っている。主張している自分は何も書いていない。

 もしこれが現場の教師だった場合,子どもからは最大級の軽蔑のまなざしを向けられることになるのです。

 しかしそれに対して,恐ろしいほど鈍感な人がいる。

 逆に,恐ろしいほど敏感な人もいるのですが,「思い込み」に過ぎない場合もある。

 自意識過剰がここまでくると,気の毒になってきます。

 どこにもいい顔をしようとするから,自分の矛盾に気づかない。

 教師が自滅していくパターンです。自滅しているのに,その事実をまるで受け入れようとしない。

********************

 公立学校の「異動」というシステムは,「リセットできる」チャンスととらえればいい制度なのでしょう。

 ところが,どうやらそれを「悪用」する教師がいる。

 日本の社会は,特に一般の人たちは,教師の「悪行の追跡行為」「前歴調査」などはしませんから,「新しく異動してきた先生」に特別な偏見をもつことはありません。荒れている学校の場合は,最初はむしろ「期待」の目で見られる。しかし,新たな気持ちで,また同じ問題を繰り返す。

 ブログで「異動」したつもりになっている人がいる。

 それが許せない心は,教育現場に立っているからこそ,わきおこってくる。

  
にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 教師の性犯罪と交通事故を「同じようなもの」と考える人 | トップページ | モラルリスクを体験する教師たち »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 点数でおだてたり,点数でけなしたり・・・:

« 教師の性犯罪と交通事故を「同じようなもの」と考える人 | トップページ | モラルリスクを体験する教師たち »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より