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「責任はオレがもつから~」なんていう校長はいない

 それはドラマだけの話。

 あるいは,入学式・卒業式の際に行われる教育委員会の調査に,「虚偽の報告」をしている学校の話。

 少数だとは思うが,教員の「違法行為」に校長が荷担してしまっている場合の話。

 こんな言葉を真に受ける大人はいない。

 教員が何か問題を起こした場合は,自分で責任をとるのが当たり前。

 校長が処分を肩代わりしてくれることはない。

 「指導に熱が入るあまりに起こした」なんていうありきたりの理由で起こされた「体罰」なんかは,教員だけでなく,校長も処分の対象になるという話。

 学校に入ってくる,指導に対する苦情の多くは,管理職のところでとめられる場合が多いのは確か。

 教師が本当に「?印」だと,苦情の内容を伝えただけで状況が悪化する場合があるから。

 しかし,校長は,できるだけ苦情の内容はオープンにしないといけない。

 教育は実践者の強い責任感によって成立するもの。

 その責任感は,校長や親を説得し,納得させるだけの力を伴うものでなければならない。

 それができない教師が増えている,というのは確かでしょうが。

 繰り返します。

 教育は,実践者の強い責任感によって成立するものです。

 それが成立しない理由を箇条書きにしてみましょう。

 1 校長が悪い
 2 教育委員会が悪い
 3 文科省が悪い

 ・・・・そうですか。・・・こういう教師のどこに「責任感」はあるのか?

 
 校長「責任はオレがもつ」

 教員「いいえ。私が子どもに向き合っているのです。責任は私がとります」

 ・・・・こう言える教師はいないのか?
 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より