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法の精神を知らない人が書く学校像

 実践を書かないのはダメなんですよね。
 
 校則って,だれがつくるのでしょう。

 私の学校では,生徒がつくっているのです。

 ですから,正確には,「校則」ではなく「生徒則」です。

 生徒則の見直しをする専門の自治組織も存在します。

 こういう「生徒則」には,それをつくったり,改正したりする「精神」があるのです。

 「倫理」というと難しすぎるので,「生徒の自治の精神」とよんでよいでしょう。

 あなたの学校では,「校則」は,

 どのような精神に基づいてつくられていたのでしょう。

 それを語らないとダメなんですよ。

 「きまりさえ守ればよい」という考えが定着するのは,なぜか,その答えはすでにこの短い文章の中で示されています。

 そして,コンプライアンスのことを書くのであれば,

 真っ先に考えなければならないのは,

 企業ですら,それを重要視するようになった時代に,

 公立学校は何をしているんだ,ということへの強烈な問いです。

 「法律や規則をしっかり理解する」・・・

 できれば,その

 「精神もしっかり理解する」。

 公立学校につとめる教育公務員である教師は,「全体の奉仕者」なのです。

 企業以上の責任があるはずの教師が,「学習指導要領総則を読んだことがない」ですまされますか?

 せっかく「倫理」の話題になったのだから,

 「校長の命令だから」という理由で,

 「自習にしなければならない状態で子どもたちから離れ,出張に向かう」ことが,「教育の倫理」に背かないかどうか,再考してください。

 すでにそういう出張を見直している自治体の事例も紹介しました。

 せっかく,「きまりさえ守ればよいという考えを持たせるのではなく」という言葉が出たのですから,

 自分の「本務」「責任」「本当にすべきことは何だったのか」を考えて下さい。

 社会貢献なんて言葉で逃げることは許されません。

 授業ではなく,「自習」をさせることを堂々と許す仕組みがあることに,疑問を抱いて下さい。

 教師にとって大切な「精神」とは何ですか?

 「自習はやめてください」

 という親の要望に対して,何と答えるべきなのが,「コンプライアンス」なのですか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より