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記事の一部を解禁 ~ほめるといい結果が出ると誤解した人が失うもの~

 教育ブログに寝ぼけた記事が復活してきたので,一部を解禁。

 「ほめ方の本」で子どもの「ほめ方」を学んだ教師だったのだと思います。

 子どもから軽蔑されていた人は。

 大人からも,教師には「そういう本」が必要なんだ,と知られた時点で,恥ずかしくなってしまうようなことです。

 人をほめるという行為によって,そんなにバカにされてしまう人間がいるのかと,

 小学校の教師は思うでしょうね。

 教師の「操作主義」を批判した過去の記事と主張の趣旨は全く一緒ですが,

 中学生というのは,ほめられて素直にうれしく感じてくれるほど単純ではありません(もちろん,単純な子もいますが)。

 「そんな程度のことでほめられるの?」という疑問を抱く中学生の心はおわかりになるでしょうか。

 「あなたにほめられてもうれしくない」と思う中学生の心はおわかりになるでしょうか。

 どんなにくだらない記事に対しても,大賞賛のコメントが必ずついてくるブログがありますね。

 あのようなコメントを読んでうれしく思うような人には,上に書いたような中学生の心理などわからないでしょう。

 中学校1年生に,「先生,字が上手いですね」と言われて,うれしくなる教師がいますか。

 「お世辞」というコミュニケーション手段が理解できない人がいます。

 うれしくなる教師は,自分の字が上手いという自覚があるというだけの人でしょうね。

 「もっとしっかり書かなければ」と気をひきしめるのが普通の教師です。

 もし,字が上手くない自覚があれば,それが褒め言葉ではないことに気づくはず。

 そうです。

 「ほめる」という行為の動機になっているものが何か。何が動機になっていることが望ましいのか。

 「ほめる」ということで,何を伝えたいのか。

 その答えを教師たちはしっかりともっているでしょうか。

 私は直接,面と向かって注意した教師がいました。

 あの場で,あの子をほめていたが,そのときの嫌そうにしていた人間の顔は目に入りましたか?

 「ほめるといい結果が出る」と本に書いてある通りに理解してしまっただけの人が失うものは何でしょう。

 それは,人間としての信用です。

 教師なら,指導力への信頼感です。

 「こういう記事を書けば,こういう人間だと思ってくれるだろうな」と思って書く。

 こういう「ねらい」が見え見えなんですよ。

 明言していた教師もいました。

 「私は生徒に気に入られたいから,叱ったりはしない。ほめてほめてほめまくる。そうすれば,少なくとも,嫌われないですむ」

 大間違いですね。

 動機が情けない。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より