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校長先生に叱られるのが嫌だから,子どもに注意しない教師

 ずれているんです。感覚が。

 校長に注意されただけで,なぜ「人を悲しませるようなことをした子どもを叱る」行為を放棄するのか。

 そんな教師が情けないのに,

 なぜ,親から苦情を言われて教師にあたる校長だけを問題にするのかが,わからない。

 小心者の校長だけ問題にして,

 もっと小心者で,教育を放棄する教師に注意が向かない元教師。

 「校長に注意されたことが気に入らない」から,「子どもに注意するのをやめる」という思考回路。

 教師としての責任を果たそうとしないこういう人間が,どうして放置されるのか。

 こんな人間に「教育」の仕事ができるほど,公立学校の質は低下していたのか。


 私なら,相手の学校の教師がいる場で人に迷惑をかけている子どもがいる場合,

 「私が注意してよいですか」と,相手の学校の教師にことわりを入れるのが筋と考えます。

 なぜなら,その子どもが「特別な配慮を要する」場合があるから。

 知らない大人に怖い顔で叱られた瞬間に「パニック」を起こすような「心の傷」を負っている可能性があると,「それでアウト」になる恐れがある。

 だから,「注意してもいいですか」と聞く。

 それで,相手の学校の教師が動いてくれるのが,これも筋。

 
 大人とのコミュニケーション能力がない教師というのは,「筋」を無視して独走するものです。

 「謎が解けた」???

 結局,小学校教師の悪口ではなくて,校長の悪口が書きたかっただけだ。

 校長のせいにすれば,教師の責任放棄が許されるの?

 これが,代表的な「ダメ教師」の姿。

 ・・・・? 校長の言うことには逆らえない?

 情けない。

そんな学校に子どもを通わせるしかない親は本当に気の毒である。

 責任をどこかに負わせて,自分のやるべきことをしないでいることを正当化する。

 最低の学校の最低の教師の話ではないか。

 こういう学校が建て直せそうなのが,大阪市しかなさそうなところが,今の日本の教育現場か。 


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より