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力のない教師の授業は,「万引き」と同じ

 力のない教師が盗んでいるのは,子どもの「伸びるべき」時間です。

 子どもがきちんと「伸びる」ことを監督したいのは,管理職だったり,保護者だったり,地域の人たちだったりしますが,こういう人の目を盗んで,力のない教師は子どもが「伸びる」はずだった時間を奪うのです。人の目がなければ,「盗み放題」なのです。

 時間を盗むだけではなりません。

 子どもの大事な「プライド」を傷つけてしまうこともある。

 調子の悪い機械にたとえられた子ども。

 そういう教師は,本当にいろんなものを,「盗んでいる」というか,「強奪している」のです。

 教師による「万引き」防止策が,驚くことに,

 塾の先生の指導とは!

 近い将来,公務員としての教師の仕事は,出席をとったり,教室の掃除を子どもと一緒にしたり,給食の配膳をしたりするのが主で,

 授業は「専門家」がするような時代になってしまうのかもしれませんね。

 あるブログで,あまりにも時代遅れな「万引き指導」の事例を読みました。

 こういう実践例を恥ずかしげもなく出してしまうところに,「万引き」が防止できない痛さがあるのです。

 子どもの時間を盗んではいけません。

 万引きは,お金が有り余っている子どもでもするんですよ。

 ゲーム感覚なんですから。

 「盗み」を「遊び」の延長としてやっている子どもをとめられないのは,

 子どもの貴重な時間を「盗んで」いたり,「仕事」が「遊び」の延長である教師や大人がいるからです。

 一方の,貴重な「伸びる」時間を「盗まないでくれる」ような場では,子どもはルールを守るだけでなく,自ら律して絶対に人に迷惑をかけません。

 やさしい言葉をかければいいとか,

 相手の心の痛みをわからせればいいとか,

 こういうことを書いて「何だか言った気になっている」ような大人が一番情けない存在なんですね。

 そんな大人と強制的に一緒に居させられる,そのストレスが問題を生み出す原因になってしまうのです。

 子どもたちが不満のはけ口を,「万引き」なんかにもっていかないですむような,教師や大人の「情熱」が必要なのですね。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より