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怒る尾木ママへ 忙しい人ほど,生徒とよく接しているのが教育現場です

 尾木ママが大津市教委にキレているのでしょうか。

 教員の数が少なく,そのために「子どもと接する時間が確保できていない」ですって?

 それは大きな勘違いです。

 子どもにかかわろうとしない教師は,時間にゆとりがあっても,かかわりませんよ。

 学校現場では,時間にゆとりがない教師ほど,生徒によく接しています。

 だから忙しく,ゆとりがなくなるんですね。

 優先順位の考え方に,決定的な違いがあるのです。

 このブログでは何度も書いていますが,

 本当に忙しそうな人は,自分で「忙しい」なんて言っている暇はありません。
 
 「忙しい」と言えているということは,後回しにしていいどうでもいいことをやっている証拠です。

 今,その瞬間に,自分がすべき,最も大事なことは何か。

 「忙しいからできません」の,「できない」内容を箇条書きにしてみてください。

 非常に重要なことばかりではないですか。

 いえ,「できない」ことがろくに言えない人がきっと混じっています。

 では,何で「忙しい」のですか。それは本当ですか。何に,何時間かかっているのですか。

 それすら,言えない人も現場には混じっています。

 「忙しい」と言っていることで「忙しい」だけなのです。

 家に帰る支度で忙しそうにしている人もいます。


 学校が荒れている,授業が荒れている状況を管理職は絶対に隠しておきたいので,授業見学の訪問を簡単に許可しようとしません。

 ひどい学校は,一般の教師の中にも隠しておきたい人がいて,ちょっと用事で学校に立ち寄った際,授業を見ようとすると必死で抗議する人までいます。

 こんな学校に「生徒ときちんと向き合う」なんてことはできないのです。

 だいたい,「生徒が外来者に対して何をするかわからず,危険だ」なんていう理由で訪問を妨害しようとするような学校に,「社会性を育てている」自信などかけらもないことがわかります。

 授業中に向き合えていない教師が,部活動は別として,放課後,生徒と正面から向き合えるわけがないのです。

 教師をただ増やせばよいというものではありません。

 そもそも,子どもの減少のスピードに合ったかたちで教師は減っていませんから,子ども一人あたりの教師数は増えているのです。

 ただ,気の毒なことに,教育行政の世界と言うのは,質の話はできない。

 量とか数とか,数字にできるものでしか仕事ができないから,言えることはたった一つしかないのですね。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より