ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「万引き」教師の罪の意識はゼロ,恥とは何かも知らず | トップページ | 【小学校教育改革】 小学校における指導力不足問題の解決法 »

指導力不足問題の軽視が,若い教師の「死」をもたらす

 復古主義は,前近代の場合は,「理想の姿」を追い求めることを意味して,悪い意味はありません。

 しかし,近代以後に使われる「復古主義」というのは,「悪い状態への逆戻り」という意味で使われるのが普通です。

 変革を起こそうとしている,だれかを批判したいときに使う言葉なのです。

 「復古主義は危険だ」などというのが,その典型。

 ブログの記事でざっと検索すれば,よくわかるでしょう。

 自分が批判している相手の主張を,「悪いもの」とくっつけて,「より悪い印象を際立たせよう」,と躍起になるのが,心と視野の狭い人間がよく使う常套手段です。

 相手をおとしめることしか考えていないから,そういうことをしている自分がどう見られるか,ということに気づけない。つまり,自分を知るための「ミラー」がない,そういう人です。

 いつ,どこで,だれが,なんていう情報まで含むような,「具体的な根拠がないことがら」をすべて

 「妄想」とくくってしまい,

 その「妄想」とは,「精神病の症状としてみら」れるなどということまで丁寧に(?)説明している。

 うまく「根拠が言えない」ことが,「妄想といわれてもしかたがない」「精神病かもしれない」なんてことを言っていた教師に習った子どもたちは本当に悲劇だったことでしょう。

 子どもたちが置かれている現実に全く目を向けない,

 私たちからすれば,

 教育に何の情熱も抱いていないようにみえる,

 教育問題の解決に何の意欲も抱かないようにみえる,

 そういう教師を何とかすることが,教育改革の中核中の中核であることは,申し上げるまでもないことでしょう。

 しかし,人間の「意識改革」ほど,たいへんなものはない。

 「教員採用試験に合格した」という過去の事実だけで,「自分は一人前」なんて勘違いする若い教師を生んでしまうのは,どういう「土壌」なのか,一般の方は,想像できますか。

 まだ免許すら取得していない,教育実習生の方が授業がうまい,そんな衝撃的な場面を見たことがある人は,さすがに少数派でしょうが。

 しかし,「うまく小学生や中学生を掌握できない若い教師」がいることは,それほど「空想」の世界の話でないことはわかるでしょう。

 親がもてあましているくらいですから。親は,担任教師に,八つ当たりする。学級経営がうまくできない,保護者対応もうまくできない,そういう若い教師が自殺を考えることについては,「あり得ることだ」と思われる方も多いでしょう。

 こういう教師への理解がなければ,きっと「指導力不足」の問題を真剣に考えることもしなくなるでしょう。

 「教員採用試験」で判断することができる「指導力」は,せいぜい「模擬授業」が成立するかどうか,くらいなんですね。実際の中学生が生徒であるわけではない。「条件つき採用」の1年間は,「日本の将来」にとっても重要な1年間なのです。しかし,そこをスルーされてしまうと・・・。その期間に絶望してしまうと・・・。

 組織に属していない人間の,情熱を持たないで過ごせる「強さ」も,半端ではありません。

 教育現場では,あの組織に属している人間のその「強さ」が,場所によっては,半端ではありません。

 そして,その組織に裏切られた人間の「強さ」は,もう無敵です。

 組織の人間は「弱い」。情熱を持たないで過ごすことはできないのです。


にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 「万引き」教師の罪の意識はゼロ,恥とは何かも知らず | トップページ | 【小学校教育改革】 小学校における指導力不足問題の解決法 »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

コメント

50分の授業を5回くらいさせて,学習指導の力をしっかり見極め,教師に採用するようなシステムができるとしたら,採用される人は今までとかなり変わるかもしれません。
小学校は一人で勝手にやっていればいいのかもしれませんが,中学校の場合は教科の人間として,学年の人間として,学校の人間としてふるまえる協調性というか「利他精神」が重要なので,3か月くらい実際に働かせてみて,教師としてというより社会人としてやっていけそうかどうか,見極める機会もほしいものです。

指導力不足の問題がどれだけ深刻か,だれも知らないものはいないのに,「うちは大丈夫だから」なんて安穏としている人間には,公務員の資質はないと言ってよいでしょうね。荒れた学校に異動してきた教員が,生徒や教員の前で何かにつけて前の学校との比較を持ち出し,「私の学校では」とやってしまう。もう,あなたは「ここの教師」のはずなのに,心は全く「異動」していないのですよね。

採用試験のお話ですが、以前少し触れたことでも有り、もう一度。
採用試験では、本来教育者としての資質とは関係ない尺度ばかりを実施して
採用が決定されます。
例えば、1500mを6分で完走できることとか。
水泳(基準がよくわからない)?
Y-G性格検査、これはくせ者、です。反社会性人格障害の人物をカリスマ的好人物
と間違って判定してしまいます。
全く無意味なロールシャッハテスト、クレッペリン検査

こういうメチャクチャな基準で合否が決められているのです。

実際、反社会性人格障害の人物と思われる教師が多数採用され、その結果
教師による性犯罪の発生率が他の職業の15倍もあるということに関係があります。

そもそも、採用の時点で、人格障害者を優位に採用する傾向があるということです。

採用試験に合格したというのは紛れもない事実でしょう、しかし実際は大変な問題を
抱えて、教師以外にはなれなかったという、でもしか先生が過去に大量に採用され
その血縁関係者が、優位に採用され同様の問題を持った人間が教師になるという
スパイラルに陥っているとかんがえられるのです。

反社会性以外に多いのが回避性と演技性の人格障害。
これもいじめ事件の対応などから非常に多くこの人格障害を持つ教師が多いと
判断せざるを得ません。

採用試験に受かったということだけにすがりつく人間の惨めなすがたは、ある意味
気の毒で、それ以外に何も無いの?と思えてしまいます。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 指導力不足問題の軽視が,若い教師の「死」をもたらす:

« 「万引き」教師の罪の意識はゼロ,恥とは何かも知らず | トップページ | 【小学校教育改革】 小学校における指導力不足問題の解決法 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より