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モニママの声を現場が生かすには?

 音楽や美術科の教師は,その指導力を合唱コンクールや文化祭で問われてしまうわけですが,そもそも「コンクール」や「祭」は「教育」ではないので,学校としてもその質がどうこうと胸をはって言える筋の話ではないのかもしれませんが,もし「聞く耳をもたない」姿勢を鮮明に出してしまっているのなら,問題ですね。

 今は,どの学校でも「外部評価」を大切にしています。

 それが法令に基づくものであることをご存じの方は少ないかもしれませんが。

 細かいところはやたらに細かく指導が入っており,抜けているところはとことん抜けている,というのは,教師の世界にはよくあることです。

 これが,よく言われる「学校の常識は社会の非常識」というもので,

 「ずれ方」が半端でない人が,決して珍しくはありません。

 実は,モニママと同じ,普通の感覚をもっている人間は,教師の世界にもいるのです。

 しかし,教師は「のびのびとやらせる」第一教という「エセ宗教」を信仰している人が多く,この信仰にもとづくと,「あれこれと他の教師のやることに口出ししない」のが「戒律」となってしまっています。

 ですから,異教徒として,果敢に「攻め」の姿勢に入れる人は少ないですから,学校内は「やりたい放題」になってしまい,よく言えば?「治外法権」,悪く言えば「無法状態」の国が「学校」というところなのです。
 
 中学校などでは今でも徹底してたたきこんでいる「同調性圧力」の弊害が,わが身にも及んでいる事態に,危機感を全く覚えていないわけでもないと思います。

 しかし,「お前はどうなんだ」と言われると何も言えなくなるので,言わない(言えない)だけ。

 もし,文化祭等で「アンケート」のようなものがない学校なら,

 教育委員会に問い合わせてみてください。

 今,●●市の学校で,文化祭や運動会,授業公開に参加した保護者に,アンケートをとっていないのは何校ありますか?

 もし,これで教育委員会が答えられなかったら,「議員さんからの質問なら答えますよね」と続ける。

 そうすると,教育委員会は動かざるをえなくなります。

 教育委員会がめんどうくさそうな態度をとったら,「学校教育法施行規則第67条や68条に関して,教育委員会が学校に指導している内容を教えてください」と聞いてみる。

 現場が動かないから教育委員会が動かざるを得ない,という事態を学校は防ぐべきなのですが,いじめから始まって,学力向上にいたるまで,「戒律」に支配されている学校に期待することは難しそうですね。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より