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指導力のない教師には,絶対に「背伸び」させてはいけない

 シワ寄せが来ます。それも,子どもたちに。

 その教師自身にとっても,非常に危険な状態になります。

 だれが「背伸び」をさせるのでしょう。

 主幹,教頭,副校長,校長・・・だけではありません。

 学年主任も,隣のクラスの担任も,みんな自覚しておいてほしいことです。

 学校で最もやっかいなのが,指導力不足という「自覚症状のない」教師です。

 余計なことをしていたら,周囲がストップをかけなければならない。

 しかし,「聴く耳を持たない」。

 「聴く耳をもたない」教師が,同じく「聴く耳をもたない」子どもに話をしていることの無駄さ。

 一番悲しいのは,子どもが指摘できる問題を持っているのに,指摘する環境にない教師が相手であることです。

 教師にとって非常に重要なのは,「等身大」の勝負です。

それだけで,子どもは心から安心できるのに。

 「虚飾」はすぐに剥げ落ち,なくなった後の子どもの幻滅は想像を超えるものがあります。

 どんな子どもも,一応,教師には「期待」をしているのです。

 「信頼しよう」という意欲はもっているはずなのです。

 しかし,それがことごとく裏切られてしまうような教師がいます。

 授業を5分くらいしたら,すぐにばれてしまう人もいる。

 こういう人が,もし「安全管理」に万全を期さないといけない行事の運営を担当してしまったら・・・・。

 

 いじめについては,これがよくわからない人というのは必ずいます。

 実態を見ようとしない人もいます。

 いじめへの介入をしないことが教育だと考えている人もいます。

 以前にも書きましたが,教師という職業についている人間は,指導力のある人でも,自分のことがよくわかっていない人が多いのです。「自分のことはおいておく」という感覚。
 
 「だからできる」職業なのかもしれません。

 これがプラスに作用するような場面(自分自身への精神的な負荷がかからない)もありますが,マイナスになるのは,子どもに余計な負荷をかけるときです。

 自分のメンツを,子どものメンツに優先してしまう。

 ここに,教師の言動が特定の子どもへの「いじめ」を助長するようになる「起爆剤」が生まれるのです。

 加害者が「安心していじめられる環境」がどうしてつくられるか,あの学校にはそこを明らかにしてほしいものです。

 
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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より