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「穴埋め」で点数をとってきた人が,「穴に埋めてきたもの」とは?

 実践を同じブログ村でご紹介させてもらっているので,ご存じの方がいらっしゃるかもしれませんが,私の専門は社会科教育です。

 今,学校現場では,「穴埋めプリント授業」が大手を振ってまかり通っています。

 「穴埋めプリント授業」が「悪者」?と怪訝に思われる方がいらっしゃったとしたら,おそらくその方は「社会科」の授業を受けた経験がないのでしょう。

 「社会科」とは何のために存在する教科なのか,どんな内容を教えることになっているのか,冊子なら167円で購入して読んでいただくことが可能です。

 プリントに空欄があって,そこに「重要語句」を入れていけば授業に参加したことになる,そんな方法で社会科の目標が達成されるとは,その冊子には書いてありません。

 しかし,教師にとっては,準備は楽だし,生徒も頭を使わないですむので楽だし,穴埋めさえ完成すれば,授業に参加した気になるし,寝てさえいなければ,授業が終わった後,みんな同じ「成果物」を残すことができ,試験のときにはその穴埋めの延長のようなことをやっていれば,ただ覚えるだけで社会科の点がとれるようになり,「社会科が得意」になる・・・・そういう「仕組み」になってしまっています。

 そして,どんな「社会人」が生まれているか。

 「穴埋め」・・・・本当に象徴的な言葉です。

 才能を,可能性を,能力向上のチャンスを,すべて「穴に埋め続けてきた」人たち。

 「試験が終わったら,みんな忘れました」とあっけらかんとしている大人たち。

 これを「受験の弊害」と言っていられるのは外部の人間だけで,

 当事者としての教師たちは,もっと「授業で鍛える」ことをしなければ・・・・。

 こういう「問題」の指摘を「授業をしていない人」に認めない人間ばかりだと,教師はラクですね。

 中学生がそれを指摘できるようにする仕組みを今,考えています。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より