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教育を破壊するのは人である

 責任を「制度」になすりつけようとする卑怯者がいる。

 「親」になすりつけようとする偽物がいる。

 「子ども」になすりつけている,教育の破壊者がいる。

 個性的というのは褒め言葉ではないことを子どもたちは知っています。

 とりえのない人から,せめて何か一つくらいはいいものを,と探しに探してやっと出てくるそれが,「個性」なのですか?と逆に相手から問いかえされてしまっては,元も子もない。

 古い教師というのは,役に立たない教育書ばかり読んできて,夢の世界に入るのが大好きです。

 現実問題に正対しない,そういう人間が書く言葉というのは,決まって「駄本の受け売り」。

 「実践」だ「実践だ」などと大騒ぎしておきながら,慣れの果てが「夢の世界のお話」。

 教育を破壊するのは,制度でなはく,人である。

 実体のない言葉遊びが大好きで,生の子どもに正対することができない。

 以下のことだけは,絶対に譲れない。

 どんな制度下でも,すばらしい人はすばらしい教育をする。

 どんな制度下でも,破壊者はとんでもない教育をする。

 伸び伸びやる教育の対極に,あるイメージの教育を想定して,

 「どっちがいいのか」なんてせまるような視野の狭い人間は,現実の教育現場には,必要ありません。

 伸び伸びなる中にも,しめるところはしめる。

 しっかりしまっていく中にも,のびやかな時間をつくる。

 AかBかなんていう考え方をするような人間は,教育現場に立つと使えないのです。

 Aの中にBがあり,Bの中にAがある。

 教育を破壊するのは,言葉と思考がパターン化している,できそこないのプログラムみたいなものです。

 破綻した後に,すぐに「美談」でお茶を濁してくるような,そんな軟弱な姿勢で教育など語れないはずです。

 恥を知る文化を教えられない人間が,教育に近づくことが,最もおそれるべきことです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より