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【小学校教育改革】 カルロスさんの読み違い?

 難しいタイトルの,難しい内容で,私の記事を取り上げて下さったカルロスさんですが,

 形だけの話で言えば,教科担任の中学校でさえ,カルロスさんがおっしゃるような状況にはなっていません。

 ですから,小学校を「学年担任団制」にしても,学校文化が変わるほどの大きな変化はないだろうなと私は考えています。

 でも,それは私が小学校で勤務したことがない,中学校の教師だからかもしれませんね。

 小学校の学級担任が背負っているものの大きさを,私がはかりかねているのかもしれません。

 「学級王国」の壁は,鎖国のときの日本より頑丈なのかもしれません。


 仕事量は,小学校教師の場合,増やそうと思えばいくらでも増やせるし,逆も言える。

 中学校教師の場合は,生活指導,委員会指導,行事指導,部活動の指導がゼロなら,まだ教科指導に力を入れて小学校教師のように研究に時間が使えるのですが。なかなか難しい。

 「学年担任団制」にすると,確実に,「会議の時間」は増えることになります。小学校の教師が中学校に来たら,「会議」の多さにびっくりするでしょうね。小学校の教師でも,「外のお仕事」が多い人は,頻繁に「外の会議」に出ているでしょうが。

 小学校の教師が,協働の体制がもしつくれないような人間ばかりだったら,子どもに協調性を重視するような行動を教えるのは無理でしょうし,集団生活の本当の意味をわからせることは難しいでしょう。

 「協調性」は,社会人として必須の力なのですが,何分,採用試験でこれを見抜くのは難しい。

 特に小学校の教師は,学級の国王になれば,何でもできる。

 私は,「みんなでくらすということは,こういうことだ」という実感を,教師にも,子どもにも,実感してもらいたいのです。

 「学級」を,「せまくるしく」「かたくるしい」檻だと思っている子どもにとってみれば,かなりの変化になるかもしれませんが,もっとふつうに「学級」で生活している子どもが,「学級」のよさを本当に実感できるのは,どういうときか,と考えてほしいのです。

 あまりこういうたとえは適切ではないかもしれませんが,開国前の日本の状況が「小学校の学級」です。

 視野を少しでも広げてあげることが,小学校の児童にはプラスにはたらくことと思います。

 高学年だけでもよいので,ぜひとも「学年担任制」をしいてほしいと思います。

 「維新」になるので,・・・という意味で,期待しているのが大阪市なのですが。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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