いじめの原因を常に極小化・矮小化しようとする教師たち
「いじめ」が全然わかっていない人がものを書くとすぐにばれてしまうから,こわいものです。
「いじめ」には,「耐性」を養って避けられる面があることを強調している人がいる。
こういう人間たちの思考経路をたどると,「いじめ」は防がなくてよいものになってしまいます。
実際に,防ぐ手段をもっていないでしょう。というか,「いじめをさせない」という強い使命感などないのでしょう。
「いじめている側」の問題を全く直視していない。
おそらく,「いじめている側の子どもが,最も心のケアを要する存在だ」なんて言われても,何のことかわからないでしょう。
ほとんどが個別指導で終わるような塾でも,「いじめ」は存在します。
自転車の空気が抜かれていたとか,乗り逃げされたとか。
「いじめ」の原因には,個人の不満の発散,他者をこまらせたりおとしめたりして,自尊感情を維持すること,ただのやつ当たりなど,さまざまなものがあります。
ネットを介してのいじめの場合は,ほとんど面識もない相手から,「返事がこなかった」というだけでいじめを受け始めることがある。
教師は,いじめという「問題」の発生源を矮小化,極小化してとらえ,自分の責任を逃れようとする癖があるので,思考の仕方に注意が必要なのです。
学校では,集団行動に意味がある?
それはそうです。
しかし,集団行動は,地域のスポーツクラブでも行っています。
都市部の中学校野球部では,ふだんは地域のグラブで練習・試合にも出ていて,中体連の大会だけ,学校の部活動に参加するような生徒もいます。
ときどき,ベンチ裏にいるコーチから指示が出ていたりすると,
「これが学校のチームと言えるか?」
と悲しい気持ちになります。
学校が,「空気のように軽い」存在に思える瞬間です。
でも,学校名が入ったユニホームを着て活躍しているだけで,子ども自体はその学校の生徒として,輝いています。
学校には,まだ地域の「看板」としての意味があるのでしょう。
さて,学校は,集団生活を送ってルールやマナーや思いやりを身につけるところですが,
何はさておき,子どもが過ごす物理的な時間を考えればわかるように,
学力を身につけるところです。
学力への見方や考え方が非常にせまい人は,「勉強ができるだけで,いじめなど平気でやる子どもがいる」と言ってしまいますが,本当に「勉強ができる子ども」が,いじめなどしないのです。
そういうタイプの子どもでいじめをしているのは,教師から認めてもらえていないことを察知しているからでしょう。小学校では,勉強ができる生徒に冷たい教師というのは,案外いるものです。
一方,多いケースは,小学校段階ですでに,
勉強がわからない
ということを理由に,自尊感情をなくし,自分を大切にしない,そういう子どもが現れていることです。
誰かに認められたい,という欲求は,強い。
しかし,自分の気持ちをしっかり表現することが苦手だと,それがかなわない。
鈍い先生だと,そういうことを理解してくれない。
そして,そういう欲求が満たされない子どもが,いじめに走ることが多いのです。
いじめをなくす一番よい方法は,授業の充実です。
わかるべきところはみんながわかる。
どこがわからないのかがいえる。
そういう授業の実践が一番です(もちろん,それが一番,難しい)。
« 教師の運動不足解消法 | トップページ | 学校の原点は,寺子屋にあり。教育基本法が「原点」? »
「いじめ問題」カテゴリの記事
- 子どもの人間関係に対する不感症の影響力(2018.03.28)
- 相撲界,芸能界,スポーツの世界,政治の世界,学校現場に共通する点は?(2017.12.24)
- LINEのメッセージ「送信取消」機能は「いじめ」の証拠隠しを可能にするか(2017.11.20)
- 「いじめ=32万件」はまだまだ少ない数字だろう(2017.10.26)
- 「お友達」を増やすことだけで満足していたら,学校に来る意味がない(2017.09.09)
「ブログネタ」カテゴリの記事
- 「大人になったら教師はいなくなる」は大間違い(2017.11.27)
- 歴史用語半減による「ゆとり」が生むもの(2017.11.19)
- 「功を焦る子ども」に成長が阻害される「弱者たち」(2017.09.26)
- 道徳教育をまともにやると,教員の立場がなくなる(2017.09.21)
- あの子どもは自分が見捨てた? 思い上がりもいい加減にしたまえ(2017.09.10)
「教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事
- 量より質が大事なものと,質より量が大事なものとは?(2018.04.23)
- 現実的な教育内容や教育方法の議論がなぜ小学校や高校では役に立たないか(2017.12.29)
- 日本の教育に欠けている「適時的で適正な評価」の発想(2017.12.25)
- 鉄道トラブルと学校教育の劣化の共通点(2017.12.23)
- ネガティブ・ケイパビリティ~解決困難な問題に正対し続けられる資質能力(2017.12.04)
「教職教育」カテゴリの記事
- 現実的な教育内容や教育方法の議論がなぜ小学校や高校では役に立たないか(2017.12.29)
- 日本の教育に欠けている「適時的で適正な評価」の発想(2017.12.25)
- 鉄道トラブルと学校教育の劣化の共通点(2017.12.23)
- ネガティブ・ケイパビリティ~解決困難な問題に正対し続けられる資質能力(2017.12.04)
- 準備体操なしで全力疾走させるような授業はアウト(2017.11.26)
「教育」カテゴリの記事
- 「偉くなる」つもりがなかった人の習慣(2018.04.23)
- 量より質が大事なものと,質より量が大事なものとは?(2018.04.23)
- 学校の評価・評定は,本当に適切なのか~中学校別評定割合一覧からわかること(2018.04.15)
- コミュニケーション能力の乏しい人たちが考えるコミュニケーション能力向上策(2018.04.15)
- 成績(評価・評定)管理の不徹底問題(2018.04.14)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/92794/55861269
この記事へのトラックバック一覧です: いじめの原因を常に極小化・矮小化しようとする教師たち:
コメント