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乏しい学力観の人の記事を読むとわかること

 学力についてのイメージが非常に乏しい人は,教育の話題になかなか入ってこれません。

 教育の実態ではなくて,他人のブログの悪口しか書けない。

 不思議なのは,有名な教育者の本は,全集を買ってまで,読んでいる。

 でも,学力のイメージがわいていない。全集が泣いています。

 学力をつけている「著名な教育者」の存在は,どこに飛んでしまったのでしょう。

 教育実習生も同じでした。

 今年の学生には,学習指導に関する本の一部を事前に読んで,レポートを提出してもらっていました。

 レポートを読ませてもらうと,学習指導で,どんな工夫をすべきか,それは理解できているように思える。

 しかし,実践はできない。

 これは,「事実としての認識はあっても,知識として活用できるようにはなっていないこと,つまり理解できていないこと」を意味していると考えられます。

 卒業生のレポートを読むと,何だか理解できているようには思えないところがある。

 でも,実践はできている。

 どこに違いがあるのか。

 それは,自分が子どものときに受けてきた授業が,違うということ。

 それだけ,学校教育,とりわけ義務教育の意味は大きいのだ,ということがわかるのです。

 学力のイメージは,文部科学省の図が一番よいとは思えませんが,とりあえず,「著名な教育者」がやってきたことはそれでわかる,そういうものになっています。

 そういう授業ができるようになるまでには,時間がかかる,と思えることもありますが,

 初任者でいきなりできる人もいる。

 なぜ?

 自分が受けてきた授業のイメージそのままでやっているから。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より