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切れ味の悪い「池上彰」と教育問題

 昨日の番組の感想です。

 池上彰も,取材にかける時間とアウトプット=仕事量とのバランスが見合っていないのではないか?と多くの人が危惧する状況になってきたのではないでしょうか。

 視聴率が落ちない限り,今の状況は続くはずで,なかなか厳しそうです。

 特に,昨日のいじめと教育委員会をめぐる問題は,あまりにもありきたりすぎて,「いじめ問題」にしろ「教育委員会」にしろ,本質の問題をつくことができなかった印象です。

 領土問題についても同様です。

 ニュース解説,という趣旨から,もう一歩,踏み込めないものか,今ならまだ池上彰の力で,教育も動くきっかけをつくれないか,と期待を抱いていたので,少しがっかりしました。

 そもそもあの番組は,池上彰の解説を聞いているメンバーが「ふーん」という態度なので,「もし授業ならこんなのでは困るな」というあまりよくないイメージをもっていました。

 ドラマなら,滅茶苦茶にショッキングなエピソードや事件を交えて,いじめを描くことができるかもしれませんが,現実のいじめ問題を正面から取り上げるのは,なかなか難しいだろうなとは思います。

 教育委員がお飾りだから,教育委員会はダメ,と言われても,「ではどうするのか」と聞き手はその先に一歩進むことができない。

 本当の壁はいったい何なのか。

 仮に,ある学校の教師がだれ一人,そこに居られなくなるような事態に陥ったとしても,大津の中学生のアンケートにあったような生の声が,もっと国民に届くようなしくみがつくれないものか。

 学校裏サイトは100%悪ではなくて,そこに真実の訴えはないのか。

 学校はまだ,「問題を隠すことができる」強い「権力」をもっている。

 さらにそれを「ごまかすことができる」強い「権力」を教育委員会がもっている。

 本当は,保護者が最も強く,学校の改革をのぞむべきなのでしょう。

 しかし,「子ども=人質」観が根強く,ごますりかごまかしばかりで教師たちは常に安全圏におかれてしまう。
 
 「だまされた」と後悔する前に,少なくとも,問題の芽には気づいておきたいものです。

 地元の学校で公開が始まっています。

 さすがに公開で「まずいこと」を見せる学校は少ないでしょう。

 ただ,気をつけておきたいことがあります。

 子どもと子どもとの関係が見える授業をしない学校は要注意です。

 小学校ですら,教師が常に授業の主役になっている学校は要注意です。

 先生は,表情豊かでしたか?

 子どもはどうでしたか?

 いつも見慣れている姿を基準にすると,いろんな意味で学校訪問というのはこわいものがあります。

 
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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より