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「2番打者」らしい教師

 野球をあまりご存じないと,よくわからない話かもしれません。

 野球をある程度ご存じの方だと,タイトルだけ見ていただいて,どれだけ想像(妄想?)できるかで,その方の経験がわかります。

 もし,「2番打者らしさ」を,「送りバントが上手」「比較的小柄で器用」というイメージでとらえていらっしゃるならば,伝統的を重んじる,悪く言えば,型にはめるのが好き,そういうタイプの方で,

 自分を犠牲にして,生徒たちや他の教師たちのために尽くすことに生きがいを求める

 という教師を思い浮かべられるでしょうか。

 そういう「2番打者」らしさを,自身では,どのように発揮されてこられたでしょうか。

 授業での「送りバント」とは何でしょう。

 生徒が前に進む=理解したり,理解したことを表現したりするために,教師が犠牲になることですね。

 教師の犠牲とは何でしょう。

 ここが授業とは言わず,教育で最も重要な「ツボ」の一つです。

 「送りバント」が成功すれば,得点のチャンスが拡大します。

 授業の中で,教師は「送りバント」をどのくらい成功させることができるでしょう。

 *******

 最近は,「型破りな2番打者」も登場しています。

 「2番目の打者」という考え方に基づき,長打力もあり,打力がクリンアップに匹敵する,そういう選手です。

 授業には導入というのがあるのですが,導入に力を入れすぎてしまい,展開に入ると生徒の学習熱もクールダウン,なんていう場合があります。

 威圧的な「2番打者」は,導入でアップをして,展開では温まった体を一気に動かすような,そういう「起爆剤」的な材料を繰り出す。

 こういう授業は毎回は難しいかもしれませんが,「4番打者のようなホームラン」が打てる選手だ,ということがわかると,ピッチャーは「警戒」します。

 生徒は「期待」してくれます。

 この「期待」というのが,何よりも大切なものです。

 教師は,子どもの成長を「期待」する。

 子どもは,教師の「器用さ」「意外性」を「期待」する。

 「期待できる環境」が教育を変えるためのキーワードです。

 「子どもへの期待をもてない」教師は,「2番打者」失格です。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より