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相手の主張の「根拠」を考えれば,どういう人間かがよくわかる

 なぜその生徒は,そういう主張をしているのか。

 その根拠は何か。

 問題行動を起こした生徒と向き合っている場面を想定しましょう。

 「根拠? そんなものはもっていないだろう」というのは先入観。解決が先送りされかねない。

 多くの生徒は,「根拠」を語ることができません。

 だから,「根拠は何か」などという愚問はしない。

 何が根拠になっているのかを探るような会話をすることが大切です。

 そうすれば,「根拠」があったことにお互いが気づけます。

 大人の書いている文章の根拠を考えてみましょう。

 なぜ,この人は,こういうタイプの文章を書いているのか。

 ある人は,人から見下されることを非常に嫌うタイプである。

 そして,非常に正直な人である。

 だから,「上から目線でものを言うな」と直言している。

 こういうのは,「根拠」を探る必要のない相手です。

 わかりやすいこと,この上なし。

 ある人は,人から批判されることを非常に嫌うタイプである。

 そして,非常に正直な人である。

 だから,「悪口を書くな」と直言してくる。

 これも,「根拠」を探る必要のない相手です。

 これだけ気が小さいと,どれだけ生徒からなめられるか,心配になるほどです。

 教育現場に出ると,本当に「気が小さい」大人たちにたくさん出会うことができますよ。

 そういう人の主張の「根拠」を考えれば,どのような人間かすぐにわかります。

 子ども相手なら,何とかなるなんて甘い考えで,教育現場に入り,子どものまま大きくなっただけのような人間を救うのは,「大人の教師」しかいません。

 「大人の教師」を,仙人のようにしたてておきたいのは,子どものまま大きくなっただけの教師であって,本当に「若い教師を大人にしてくれる大人の教師」とはどういう人か。

 教育現場に立ったら,ぜひともよく見定めて下さい。

 蛇足ながら,「自分の考え」の「根拠」を後から考えるというのは,どういうことでしょう?

 「後付けの論理」が得意な教師も困りものです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より