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教師の「そのくらいにしておけよ」はいじめ荷担者の言葉

 ふと思い出したようにふれる話題ですが,もし書き忘れていたら,と思い,メモしておきます。

 大津の「いじめ自殺」に至る過程での生活指導で,教師が言ったとされる言葉が,

 「そのくらいにしておけよ」です。

 関西と関東では,語感が異なるかもしれませんので,ご意見をうかがいたいのですが,

 時代劇にはまっていたことがある江戸っ子?の私にとって,

 「そのくらいにしておけよ」は,弱い町人をボコボコにしている子分に対して,親分か兄貴分がかける言葉です。

 「そこまでは,やってもかまわない。でも,これ以上は,いい」という意味を含む言葉です。
 
 これは,いじめ隠蔽体質という問題ではなく,

 教師のいじめ荷担体質という問題のあらわれです。

 教師公認のいじめがあった,ということです。

 特定の個人に対する暴力的行為,いやがらせ行為は,禁止するのが教師の仕事です。

 「そのくらいにしておけよ」は,禁止行為ではなく,「そこまでは許すぞ」という推奨行為です。

 いじめる側は,権威のお墨付きのもと,いじめ行為に及んでいたと考えるべきです。


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コメント

10月2日の記事は,ご紹介いただいたものを読む前に書いたものですが,私の危惧している実態が鮮明に描かれていますね。

私も経験上,いじめを誘発しやすい人間の「におい」はすぐにわかります。

指導力の低い人間が,指導力があるように背伸びするとき,見せかけようとするとき,たいてい子どもは犠牲になっています。

興味深い記事がありました
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2006/10/27_9f57.html
教育に関して、社会性云々の記事です。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より