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アメリカのbaseballの終わりと日本の教育

 IBAF18U世界選手権の日米戦。

 たまたま見ていた時間帯に,アメリカの「暴力プレー」が立て続けに2度,起こりました。

 アメリカのbaseballは「終わってしまっていた」ことがよく分かりました。

 ダイヤモンドの中で,アメリカンフットボールのようなプレーをする選手が混じっているということは,アメリカの「恥」でしょう。

 日本の「野球」が「baseball」に変わって,世界標準になってくれることを望んでいます。

 野球は,サッカーやハンドボールなどと異なり,道具をそろえるのにお金がかかります。

 私がお世話になっていた方の中に,途上国の野球少年を日本で古くなった道具を贈ることで応援している方がいらっしゃいます。

 企業の「広告」「宣伝」目的ではなく,純粋に,「野球を楽しんでほしい」と願っている人々が,あのプレーを見たら,さぞやがっかりされることでしょう。

 アメリカで活躍している日本人選手が増えていますが,ぜひ,「野球人」としてのコメントを寄せてほしいものです。

*****************

 アメリカのあのラフプレーのような,「教育」は「そこ」にありませんか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より